短編夢1

□その笑顔10000セント
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「イーヴァン」


悪寒が走り、錆びた倉庫のドアを振り返ると、やっぱりコイツが顔を覗かせていた。


「お前…また来たのか」

「うん!」

「うん!じゃねぇよッ来んなっつっただろ!」

「でも…私、イヴァンに会いたくて…」

「あー、うるせぇうるせぇ」


しっしっと手で払って見せると、薄ピンクの頬を膨らませて怒ってるみてぇだ。

すると、そんな様子を見ていたガタイの良い男が怖ず怖ずと


「あの、ボス…こちらのお嬢さんはもしかして…」

「んあ?ああ、コイツは美空のお嬢だとよ」

「ええ!?そんな堅気の娘がどうして…」


さあな、と返事をして男を仕事へ戻すと次の見回りへと向かった。


「イヴァン!どこに行くの?」


長いスカートを持ち上げて、トコトコついて来るマリナ。あー、鬱陶しい。


「うるせぇついて来んな。餓鬼は仕事の邪魔なんだよ」

「……」


低い声で言うと、足を止めてそれ以上ついては来なかった。

イヴァンに会いたくて――

ひょこひょこついて来やがって。
あいつは、何もわかっちゃいねぇ。
ここに来ることの意味も、自分の立ち場も………


大体のシマを回り一段落した俺は、路地裏をさっさと車へ歩いていた。

……?

ふと、足を止めた。
微かに波の音に混じって、声が聞こえた気がしたから。

進行方向を変え、もっと薄暗く細い路地を入って行った。

この先は行き止まりだったはずだが、声は向こうから聞こえていた。

変な高揚感と嫌な予感が渦巻くまま歩いて行くと、やはりガタイの良い男共が屯していた。

そいつらは俺のよく知る奴らばかりだった。
多少ガッカリしたが、次の瞬間、背筋が凍った。


「オイッ!てめぇら!」

「ボス…!?」


駆け足で叫ぶと、俺だとわかった男共はすんなり道を開けた。

屯の中心へと目をやると


「…イヴ…イ、ヴァン…」


さっきまで皺一つなかった可憐な服を無残に引き裂かれ、半裸姿となったあいつがいた。

自分の目を疑った。
けど、そこにいたのは紛れもない


「オイ、コラッ!どういうつもりだァ!シノギサボって集団レイプとはよッ!随分楽しいことしてんじゃねぇの!ああん!?」


キチガイみてぇに大声を張り上げて、一人一人ぶん殴っていく。


「よく俺の女に手ぇ出せたなァ?どういう了見だってんだよッ!!」


すると、倒れた男の中の一人が血の滲む口をうっすらと開いた。


「…す、すいやせん…俺てっきり…ボスをつけ回して、たんで…売春婦かと…ぐぁ!」


事の発端がコイツだとわかり、俺は容赦なく男の頭を踏み上った。


「ばい、ナンだって?もう一回言ってみろよ。次は、脳天ぶち抜いてやるからよオ!」

「…すいやせん…!」


ガタイの良い男は、血の涙を流して何度も何度もそう繰り返した。

こいつらは俺のシマの奴らだ。
タダでこんなことする奴らじゃない。

それに、頭が冷えてきた今、よくよく考えてみるとこの原因は、俺にあるんじゃないのか…?

そう、俺に――


「……ファック」


小さく呟くと、やっと自分のしたことを見回した。

ガタイのいい、シマの男共から視線を外し


「…!」


自分の体を抱くように座っているマリナに近付くと、びくりと顔を上げた。

哀れな姿を隠すように、俺の黒い上着をかけてやる。


「…だから、来んなっつったろ」

「ごめん…なさい…」


目の前にしゃがみ顔を覗くと、白い太股にぽつりと雫が落ちた。


「いや…悪ぃ。怖ぇ思いさせたな」


俺らしくもなく、そっと頭を撫で、そのまま自分の胸に引き寄せた。


「イヴァン…」


細い腕が腰に回され、直に温かい体温が伝わってきた。

何だコイツ…すげー細ぇじゃねぇか、温けぇじゃねぇか…。


「…イヴァン」

「あ?」

「どうして、あんなこと言ったの…?」

「あんなこと?」


体を離すと、恥ずかしそうに顔を背け


「俺の女、って…」

「は?…………………あ」


その時、気付いた。
自分が犯したもう一つの失態を。


「あ、あれはだな!あん時の勢いでだな…!」

「あ…そっか!そう…だよね」


なんなんだよ…その顔はよ…


「でも…嬉しかった。助けに来てくれて、ありがとう」


なんなんだよ…この女は。

コイツがこうなったのは、俺の所為じゃねぇか。
あの時、あそこで突き放してなかったら、マリナは…こんな目に遭わなかったのに…


「何、笑ってんだよ…ビビッてたクセによ」

「…確かにちょっと怖かったけど…イヴァンが来てくれるってわかってたもの」


マリナがバカみてぇに笑うから、俺もつられて笑った。


「車、乗れよ。送ってやるから」

「え…」

「その前に、その格好どうにかしねぇとな」


車にエンジンをかけながら言うと、少し遅れて助手席に乗り込んで来たマリナに目を向ける。


「高けぇ服は買ってやれねぇぞ。ご不満だろうが、我慢しろよ」


この俺が女に服なんざ買ってやる日が来るなんてな…世も末だ。


「イヴァンが…?」

「まあ、なんだ……詫びだ詫び!」


ヤケになってハンドルを回す。


「不満なんてないわ。ありがとう」


ギアに置いた俺の手に小さい手が重なった。
視線を向けると、マリナは相変わらず笑っていた。



その笑顔10000セント


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