長曽我部

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「将来の夢…か」


午後4時頃、オーナーがディナーの下準備をしている香りが店内に広がる。

濃厚なソースをぐつぐつとじっくりと温める横で行われているであろう、軽快な包丁が野菜をぶつ切りにする音。
フロアにはゆったりとしたジャズが流れており、耳を澄ませると様子がわかる。



フと視線をうつす。

彼女がテーブルを丁寧に拭いていく。ほどよく湿ったタオルが弧を描き、そして隣のステージへと上がるのだ

俺はその様子をカウンターからぼんやりと眺めている。
そしてつい言葉が漏れたのだ。



卒業シーズンということもあって、若い学生達が多く来ていた。

楽しそうに進路のこと、これからのこと、夢を語り話していた。

それを見て俺は頭を傾げる。



俺の夢は何だっただろう



漁師?違う。大工?違う。

パッと思い浮かばない。

単純に金持ちとか社長なんて言ってたような気もする。
ただし高校生の時点でのそれはかなり痛い。小学生までなら許されるが。


ただなんとなく進める大学に入学し、今は商品開発とかそういった類を噛んでいる。
もともと作ることが好きだったから、今はそれが楽しくて仕方ないくらいだ。


もしかしたらこれが夢だったのかもしれない。

ああもしかして。
はっきりと思い出せないのは、夢なんて元から持ち合わせていなかったからだろうか、なんて。

別に無かったところで問題は全くないのだけれど。


しかし、どこか胸にひっかかる何かが俺の集中力を奪っていった。




「元親、またぼんやりしてるぞ」


「…お、七海」


「お、じゃないから。お客様がいないからって、レジ横で突っ立ってるやつがいるか」


というか視線が痛い!


そういわれてああ、と返事をし謝る。

何か考えごとしたり、ぼーっとしてると
何故だか七海を目で追っている自分がいることに
最近気がついた。


別に、全部が全部彼女に関係する内容で意識が旅に出るわけではないのだが

これがいつのまにか、
俺の癖になっているようだった。



「七海はさ、高校生のときの夢とか覚えてるか?」


「夢?」


「ああ、将来の夢。やっぱ看護師?」


「夢…ていうか、生きていく術だと思ってる」


デザインとかも興味あったけどね。


彼女は苦笑しながら、でもそれは趣味でやっていけるからと言った。


やっぱ七海はこういう点でもしっかりしていると思う。

でも、弱いところはとても弱いから。
だから守りたいって思うんだよなァ…って何言ってんだ俺。



「夢がどうかしたの?」


「んー、俺は何だったか忘れちまってな」


「…おじいちゃん」


「こら。…でもよ、あったかどうかすら微妙なんだよなァ」


「何かしらあったんじゃない?元親って好奇心旺盛だし、ありすぎて困ったくらいだと思ってたわ」


「俺もそう思うんだけどよ」



本当に思い出せねェ。


七海は腕を組み、何か考え始める。
これは彼女の癖。何か言おうとする前にこのポーズをとる。

そんな姿も見慣れている俺は、黙って言葉を待った。


少ししてから彼女の口が開く。



「多分、夢があったんだよ。元親は」


「でもよ、思い出せねェようなちっさい夢じゃねェか」


「それはわかんないけどさ…。ま、私の勝手な憶測だよ」


「…なんで、あったと思うんだ?」



「夢はね、逃げないの」



逃げるのはいつも自分だよ。



彼女はそう言って、困ったように笑った。


それは俺に言っているようで、

自分に向けて言っているようにも見えて。


七海にも夢があったのかな
って、勘違いかもしれないけどそう思えてしまって


俺は彼女の頭を撫でた。




「なんで撫でるのよ」


「んー、なんか可愛いから」


「…可愛くない」


「それが可愛いんだって」



むうと、すねたように頬を膨らませる彼女が愛おしい。
俺にだけ見せるその表情が、本当に愛おしい。


夢は忘れてしまったけど、この優しい感情は忘れたくない。

これは忘れることも、間違えることはないだろう。





俺は夢から逃げたんだろうか。


だから忘れてしまったというのなら


この今ある感情を守りたいと思う。






カランカラン



「あ、お客様だ」


いらっしゃいませー


彼女がパタパタとドアまでお迎えに行く。

俺はその背中を見届け、そっと誓った。







辿







絶対に逃げない。




(君の手を引いて、

夢を見せてやろう)







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