長曽我部

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午前10時 Open



駅の近くにこぢんまりと佇むとあるカフェ。

豪奢な店舗が並ぶ中、ひとつだけ落ち着いた雰囲気を纏うのがそこだ。

腕の立つ若いオーナーが念願の店舗を持ってから、そろそろ2周年になる。



そして、そこで働くのは
4人の若者達。


厨房に立つのはオーナーであり腕利きシェフ。猿飛佐助、その人。


つまりは俺様のこと。


一人だけで厨房を回すのは大変だけど
忙しい時ほど、燃えるんだよね。あはー、料理人魂ってやつ?


あ、それから俺様の親戚にあたる真田の旦那ね。
ほとんど厨房には立ってないけど、本っ当に手が回んないときは中も手伝ってもらうの。

人懐っこい性格で、万人受けするタイプだから
俺様としては、厨房より表に立って貰いたいんだけどね。
それに目を離すとすぐにつまみ食いするし、旦那ってば…。


ゲフン、それからあとの2人はバイトちゃんだよ。
鬼の旦那と七海ちゃん。
二人ともよく働いてくれて、ものすごーく助かってるんだ。

で、実はこの二人。
付き合ってるらしいんだけど
全っ然そんなかんじがしないんだよねぇ。


見たかんじ、鬼の旦那がヤキモキしてるっていうか…。

七海ちゃんがなかなか手強いらしく、迂闊に行動に移せないそうで。


「七海を一回でいいから負かせてみたい…」


それが近頃の旦那の口癖。
どんだけ尻にひかれてるんだか。

確かに七海ちゃんは頭もきれるし、年齢よりも少し大人びた子。しかもいろんな武勇伝を持ってる亡者ときた。




でもさ、俺様が思うに
鬼の旦那も負けてないと思うんだよねー。




「オーナー」


「はいはーい、どうしたの七海ちゃん?」


「元親の給料、下げてください」


え、なんで?

って聞く前に彼女を見て状況を把握する。



ほーら、やってるじゃないの鬼の旦那。


そこには表情はあまり変わっていないが、
耳を赤くし視線をふよふよと泳がせている七海ちゃんがいて。

普段からあまり取り乱さないこの子を、こんなふうにできるのは
鬼の旦那だけだと俺様は踏んでいる。


俺様が理由を聞かずに頭をポンポンと撫でると、「元親は、ズルいです」と言って俯いた。


何があったのかわかんないけど、旦那に聞くしかないねぇこりゃ。



俺様は七海ちゃんにカウンターに戻ってもらい、鬼の旦那を呼び出した。

あ、もちろんお客さんの少ない時間帯を選んでるからね!
今はそんなに混まないから大丈夫なの。



突然呼び出されて何が何だかわかんない様子の鬼の旦那。
「俺なんかやっちまった?」って困り顔だ。



「旦那さあ、七海ちゃんと何かあった?」


「え?いや、何も…少し話したくらいだけど」


「どんな?」


「なんでオーナーが…まあいいけど。
えーと、さっき俺がフロアチェックをしてたんだよ。
そこに七海がやって来て、「最近ぼんやりしてること多いけど何かあったのか」って聞かれたんだ」



まあ確かに鬼の旦那のぼんやり率は日に日に上がってるよね。

でもそれって七海ちゃんのこと考えてるせいだと思うんだけど。


「だから俺が大丈夫って答えて、そしたら『疲れてるんなら休みなさい。私の働きに期待して』って言われた」


「うんうん」


「で、俺が『期待はしてないけど…頼りにしてる』って言って」


それから、俺は幸せ者だなーって。それくらいしか覚えてないわ。

そう言って鬼の旦那は「それがどうした?」と首を傾げた。


はあ、なるほど。


多分だけど、これはまだ何か言ってるね。
でもその張本人が覚えてないくらいだし、他意なくサラリと言っちゃったかんじだなあ。

鬼の旦那って、七海ちゃんとは違って本能で生きてるかんじだし仕方ないのかな。←


でもだからこそこの2人は合ってるんだろうなって、少し羨ましかったり。


とりあえず不思議そうな顔をしている旦那に仕事に戻るように言った。ゴメンね仕事の邪魔しちゃって。




あーあ、結局決めてになった言葉って何なんだろー。



俺様は厨房に戻ってからもしばらく考えて、結局思い付かなくて答えを諦めた。










****数分前****







「俺ってこんなに優しい彼女持って幸せモンだよなァ」


「…結構なことで」


「あ、そういやサークルのやつらも心配してくれてたなァ。俺モテ期か?」


「知らん」


「はは、拗ねんなよ七海ー」


「拗ねてない。…そんなに幸せなら、アンタもそいつらを幸せにしてやらなきゃ、フェアじゃないんじゃない?」


「うーん、でも俺が自分の手で幸せにしてやりたいと思うのはお前だけなんだよなァ」


「!!」


「?」
















「く、くたばれ馬鹿ちか…」

「何でだよ!?」

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