長曽我部

□シンロ希望
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夕陽の光がふらりと教室に立ち寄り始めた放課後。


昼間までは慌ただしい程活気に満ちていた校舎も、ゆるゆると静けさを含み始める。



校庭から部活動に明け暮れる
男児らの意気込んだ声。


それを背に、一人の生徒と教員が机を間に向かい合っていた。




ペンを片手にうーんと唸る男子生徒に、教員は眠そうにけのびをする。


なかなか答えを出さない生徒に、いい加減待ちくたびれたのだろう。

スーツをきっちりと着こなした女教師は、シワになるのも気にせず机に突っ伏した。



まだか?

端とそう尋ねるも
男子生徒からは「まだ」という短い返答のみ。

またも唸り始める教え子に、女教師も唸った。




進路希望。


三年次のこの時期、そろそろはっきりさせなければならない項目の一つである。


ぼんやりとではあるが、
大体の目標をクラスのほぼ全員が決まりつつある中、

この生徒、長曽我部元親だけはなかなか先が見つけられずにいた。



元不良…とは言え
わりと成績は上位であり、人望も厚い。
彼ならばそれなりの選択肢が存在するだろう。


しかし、長曽我部は進路希望のプリントをつまみ上げ、眺めては唸るのみ。

なかなか答えを出さずにいた。



それに見兼ねてか、担任である結村七海は放課後まで付き合っている。


正直、真っ先に決まりそうだと考えていた生徒が
こうも悩み尽くすとは考えてもいなかったようだ。


彼女もまた、忙しい身ではあったが
可愛い生徒のため、最後まで付き合うと決めたらしい。



しかしまあ、なかなかに決まらないもので。

彼女はいろいろと提案してみるものの、どれもこれも微妙な反応しかなく。



成す術なし、待つしかないな。


そう判断し、けだるい身体を机に預ける結果である。



長曽我部元親はそれを見、小さく息を吐き出した。




「せんせー。進路とか、わかんねーわ」



「んあー…?何言ってるんだよ、諦めんなっての」



「だってよォ、やりたいこと…つってもなァ…」




長曽我部は先程とは違う、大きなため息を吐いた。

歯痒いのか。

彼自身、真剣に悩んではいるのだ。


ただなんとなく、これと言うものが思い付かないようで。



結村七海は突っ伏したまま、そんな彼に言葉を向ける。




「所詮…って言ったら良くないけど、これは希望だから。深く考えなくていい。

好きなこと、興味のあることとかさ…いろいろあるだろ?」




そう言って結村七海は顔を上げる。
そして目の前にある困り顔の生徒の頭を撫でつけた。


ふわりと柔らかな銀髪が心地よいな、そう呟いて笑った。


犬みたいでもあるな、
なんて言いながら撫で続ける担任に対し、
ムッと表情を歪ませる長曽我部元親、18歳。


その手を掴み拘束し、
自分の顔付近にまで引き寄せるまでに
さほど時間も手間もかからず。



展開についていけず目を見開いた担任の唇に
自分のを重ねるには、



なんの苦労もありもせず。





「好きなもの…っつったよなァ?」



アンタだよ、結村せんせー



軽い声音、けれど表情は紛れも無く真剣で。


それに動揺するも、
考えに暮れる暇さえ与えない。

そんなふうにしてもう一度重ねられた唇からは、熱いものが零れた。



わけがわからない。



唇を離してから、冷静に考え込む担任に長曽我部は思わず吹き出した。


アンタって人は…


そう言って、笑った。






「俺さ、何になりたいかーとか想像つかなくて」



「うん」



「ただ思ってることがひとつあってよ?」



「うん」




「せんせーと、一緒に居たい」



どんな進路なら、叶うのかねェ


少しおどけながら放ったその声は、教室に響いて。


しばらく呆気にとられる担任と、答えを待つ生徒。

小さな音さえ、相手に伝わりそうなその距離で。


コチ、コチ、と鳴る腕時計の指針の音が妙に二人の耳に残った。



そして、この空気を打破しようと口を開いたのは

結村七海であった。





「長曽我部、私は教師だ」


「教師と生徒はな…「元親」




口を開くも、あっという間に唇を押し当てられ。


離されたすぐには、鋭い声音が突き付けられた。


まるで銃口を向けられたような、威圧感。





「元親だ、先生」




蒼い瞳が一人の女を捕らえる。

彼女は、この男から逃れられないと悟らざるをえなかった。



握られた右手が、熱を持って。



燈った熱が消えぬうちに、
一人
答えを紡ごうと、濡れた唇が開かれる。




校庭の、土を蹴る音がシンと影に落ちた













(第一志望は、決まってる)




………後日談…………



(俺、先生目指そうかなァ)

(Σは!?)






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