長曽我部

□指切り
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............






「ねぇ、これ見たい」


「ん?ああ、いいぜ」



俺は彼女から差し出されたDVDを受け取りプレイヤーに入れる。

ジジジ…と読み込みをする間に、俺達はいつもの定位置についた。

俺はソファに腰かけて、彼女は俺の脚の間に収まる。そして彼女の腰に手を回せば完璧、これ譲れない。

そしてリモコンを両手でがっしり掴み、操作するのは彼女の役割。



付き合ってから半年、ようやくここまで密着することに成功した。

といっても、やはりこれ以上は無い。

これはこれで恋人らしい行為ではあるが、口づけなんか出来る気配は皆無。
軽いスキンシップ程度に唇を寄せることはあっても、口にはまだ触れられず。



かつて一度、彼女を押し倒した前科はあるものの
いつもの『七海節』に捩伏せられる羽目になったのだ。

それはまるで彼女が俺を試しているようで、以降、俺は彼女に手を出せずにいた。



「まさか…あんな切り替えしがくるとはなァ…」


「ん?」


「んーや、何でもない…あ、始まった」




…やべ、危ないところだった。
たまに思ったことがそのまま口に出る癖、何とかしねェと…いつかボロが出る。


ま、とりあえず男の欲を理性でセーブしここまでのし上がったわけだ。
俺は自分の紳士力に拍手をし、あと少しだと何度も声をかける。もうこれは苦行に近い、出家出来そうだな俺。


テレビ画面から彼女の方に視線を移す。ま、見えるのは頭なんだけどよ。


七海はじぃ…っとテレビを食い入るようにして見ている。身体全体から真剣さが溢れ出ていて、とてもじゃないが話しかけるなんて出来ない。


俺達は外に出掛けない時は、ほとんど自宅での映画鑑賞に勤しんだ。

ジャンルは様々。恋愛系もあればアクション映画や洋画、たまにホラーなんかも見る。
お互いに雑食なため、次から次へと手を出す故に飽きは無い。

たまにはイチャイチャしながら話したいなァとか思うけど、それはまあ置いておこう。



今回は洋画。この間一緒に借りに行った新作映画だ。

とあるピアニストの夫婦の一生を綴った、『切ないけれど、温かい』がウリの作品。


彼女はこれをとても見たがっていたからだろうか、いつもより真剣に鑑賞している様子。

少しは構って欲しいもんだ
とか思いながら、俺は七海の肩に顎を乗せたりして共に鑑賞した。




*****





「…いい映画だった」


「ああ。確かによかったな」



エンディングロールが流れ、七海が小さく呟いた。感動したのか、少しだけ鼻を啜ってはぁと息を漏らす。



「最後は二人とも、天国で誓い合う…か」


「とても素敵だけど、なんだか寂しい気がするわ。」



彼女にティッシュを差し出すと、大丈夫と返される。

そして考え込んでしまった彼女の頭を撫でながら、言葉を待つ。


俺達にとって、鑑賞を終えたら感想を述べるというのが当たり前になっていた。


しかし、感想と言っても彼女のそれはなかなかユニーク。



この間カンフー映画を見たとき。
俺は「すげー!イカしてんなァ」と興奮したのだが、彼女は至って真面目な面持ちで


「ヌンチャクがあの頭に引っ掛かりやしないのかしら。さっき危なかったわよ」


なんておさげ頭の主人公の心配をしていた。
彼女はほかの人間と目の付け所が違っていて面白い。俺は何気にそれを楽しみとしていた。


そして今回もそれが来るのであろう。
俺は気長に彼女が口を開くのを待つ。




「…ねぇ元親」


「ん、なんだ?」


「ひとつお願いがあるの」



あれ、新展開きた。

これは予想外。というか、彼女にお願いごとされること事態がひどく珍しいため俺は動揺する。

そして七海は、終わりかけのエンディングロールを見つめながら言葉を紡いだ。



「例えばだけどね。私達が死んじゃうとしてさ。
もし天国で私を見つけても どうか知らんぷりでいて欲しいの。」


私が元親を見つけたいから。


ハッと気づけば彼女は顔をこちらに向けていて。
真剣な眼差し、けれど何処か切なさを帯びていた。


ああ、もしこれがプロポーズだとしたら七海はやはり男前。女なら落ちる、間違いない。
近頃の男より、はるかに男前だ。


俺は早まる鼓動が彼女に伝わりやしないかと思いながら、彼女を画面の方へ顔を向かせた。


敵わないとは思うけど、俺も言いたいことがある。



「楽しみにしてらァ。」


「…ん。ありがとう」


「んじゃ、俺からも頼みごと」


「?」



頭を傾げる彼女の耳元に口を近づけ、低く、そっと囁く。


すると彼女はしばらく間を置いてから

「…考えておく」

と呟いた。



表情は見えない、けれどその真っ赤になった耳を見遣り

俺は「してやったり」とニッと笑んだ。




「俺はアンタみたいにカッコイイこと言えねェけどよ。とりあえずこれだけは頼む」










「俺より、先に死んでくれるな」


アンタ無しに生きるなんざ、ゴメンなんだよ。





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