長曽我部

□歯が立たない
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.........





あの一件から、俺達は付き合い始めた。


彼女の弱く、そして優しいところを垣間見たあの日。
いっそう好いてしまった俺から告白し、念願叶い、めでたく受け入れられたのだ。



俺達は付き合い始めてもあまり関係は変わらなかった。

彼女は相も変わらず
男前節(俺は七海節という)をかましている。



店長から聞いた話。


俺が休みだった日のこと。
2人の若い男性客が来たそうだ。
お昼時の忙しい時間帯、そいつらは大声で騒ぎ立て、店員が何度注意しても無視。

あげく、店の商品にまでケチをつけ始めたらしかった。



「マジでこれまっじぃ!」


「ぎゃはは!犬でもこんなもん食わねーっ!」


下品な言葉の数々。さすがの店長も我慢の限界がきたらしく、話しをつけようとした。


するとそれを七海が制し、彼女が彼らの前に行った。



「お客様、申し訳ありませんが他のお客様に迷惑です。
お代は結構ですので、お引き取りください」


淡々とそう口にする。
すると男達はそれを見、げらげらと笑った。


「姉ちゃん可愛いのに言うねー!」

「お客様は神様だろ?んなこと言っていいんですかー?」



ぎゃははと笑う男達。

しかし、彼女はいつもの調子でゆっくりと口を開いた。



「…では、他の神様にご迷惑になりますので。お引き取り願えます?」


ね?カミサマ。


そういって微笑んだ。

すると店内で拍手が起こり、
慌てふためいた男達は捨て台詞を吐き
そそくさと退散したそうだ。


俺はその話を聞いて吹き出した。
店長も実に気分良さそうに語っていたし、恐らく彼女の武勇伝として語り継がれるだろう。


そのあと俺は「あまり無茶すんなよ?」
そういって頭を撫でてやった。

彼女は

「…反省はするけど、後悔はしてない。」とぷいとそっぽを向いた。

いやはや、さすが俺の愛しい彼女である。ちょっとのことでは七海を変えるのは不可能だろう。


けど、そういうところがいいんだよなァ。


胸の中でそう呟いて、俺は頭を撫で続けた。



まあそんなこともありながら、俺達は変わらぬ日々を過ごしていたわけだが。



付き合い始めて3ヶ月。

本当に俺達は何も変わっていなかった。



付き合っているのにもかかわらず、デートも、キスも、夜の営みなんかも全くだ。


店長には「え!付き合ってたの!?」なんて言われる始末。


そりゃそうだ、何も変わってないんだから。



彼女は本当にいつも通り。
反比例し、俺はだんだんともどかしくなるわけで。



……触りたい


とかさ!当たり前だろ、好きなんだし。


俺はこの状況を打破するべく、彼女を家に招いた。

さすがの彼女も、付き合った男女が密室に…となれば意識くらいするだろう。


俺があらゆる期待をしている一方で、彼女は部屋を物色を始める。


そして適当なDVDを発見したのか、
「これ見たかったやつ」というので一緒に見ることにした。



それは自殺願望のある少年と、病気の少女のラブストーリーだった。

彼女は無言でそれを真剣に見る。俺はちらちらと彼女に視線を向け、「睫毛長ェなあ」とか考えてた。



DVDを見終わると、七海は「いい話だね」と言った。

俺はこのあとのことを考え、ソワソワしながら「だよな」と答えた。


すると七海が顔をこちらに向け、真っすぐに見つめてくる。


一瞬、自分の下心を見抜かれたのかと焦ったが、そうではなかった。



「この映画、『命は大切だ!』って押してるでしょ?」


「あ、ああ。命がテーマらしいからな」


「『命は大切だ。』 『命を大切に。』
…そんなこと、 何千、何万と言われるよりさ。

『 あなたが大切だ 』

誰かがそう言ってくれたら、 それだけで、生きていける。」


そう思わない?


彼女はさらりと言い切ると、「ま、いい話なんだけどさー」って笑った。

彼女なりの映画批評なのだろうか。
俺は目の前にいる彼女を抱きしめる。
デジャヴ…前にもこんなことあった気がする。



「アンタって、普段何考えてんだろうな」


「んー…。今はとりあえず、明日の朝ごはん何食べようかなって」


「この状況でかよ…;」



俺はそのまま七海を押し倒す。
表情を変えない彼女の、大きな瞳がこちらを見ている。



「知ってたか?恋は下心ってよ」


男は特に、そんなもんだ。


余裕たっぷりに耳元で囁く。
すると、彼女はにっこりと微笑んだ。



「恋は下心…ね。じゃあ愛は何か知ってる?」



真心だよ。



そう囁かれたとたん、俺は彼女の服を捲りあげる手を止めた。



この時、俺は「七海には敵わない」そう思った。












もし右をみたり左をみたりしたら敗北なのです。






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