長曽我部

□海の向こうで
1ページ/1ページ

俺は初陣で活躍し、『姫若子』というあだ名を払拭した。



人々からは『鬼若子』…そして『土佐の出来人』とまで言われ讃えられるようになる。


齢、22のときであった。



そんな俺が兵法を学びはじめたのは18歳の頃。


幼少期、頼りない風貌に社交性の乏しさから
周囲は口を揃えて「戦国武将の子でありながら…」と苦虫を噛み潰したような顔をした。


幼いながらに、それは大変なことであり、このままではいけないのだと自覚はしていた。



だが、上手く思うようにはいかず。


身体が言うことをきかない、ついてこない…



挫折し、さらに自信喪失。俺はみるみるうちに痩せていく。周りの声など、すでに耳には届かなくなっていて。



そんなときだった。


日に日にふさぎ込んでいく自分のもとに、あの人が現れたのは。





「今日から貴方様の兵法の指導を受け持ちました、七海と申します。」


以後、よろしくお願いします。



そう言って頭を下げるその人は、稀に見る麗人だった。



中性的で端正な顔つきに、大きな瞳からは意志の強さを感じ

真っすぐこちらを射るような眼差しには、思わず息を呑む。


小柄ではあるが、それを感じさせない凛とした立ち振る舞いは目を見張るもので、


それ程年差が無いであろう彼女と自分を比較してしまう。



それに姫若子相手とはいえ、
女性でありながら指導を任される程の人物だ。
相当、実力があるのであろう。


考えれば考える程、その人はひどく眩しくて。

対照的な自分に嫌悪感を抱く。



だんだんと暗くなる俺を見、察しがついたのか。

七海と名乗るその人は、諭すような落ち着いた声音で俺の名を呼んだ。



「元親様。貴方様は素晴らしい才をお持ちになっています。
どうか私に、元親様のお力にならせてはくださいませんか?」


「…」


「姫若子などと、二度と呼ばせはしないと誓いましょう。」



そうですね…『鬼』、なんていかがです?



彼女は悪戯な笑みを浮かべてそう言った。






****






「よし、てめェら!一気に押して毛利の野郎を追い込んでやるぜ!!」


「「「「うおおおお!!」」」」


士気は上々、天気は晴れ。


俺は野郎共の生き生きとした声を聞きながら海の向こうを眺める。



「元気かねェ…」


ぽつりと呟く。あの人は今、どこにいるのだろう。



あれから俺は彼女に兵法の全てを叩き込まれた。

ありえない量の知識を頭に擦り込み…それから武道も叩き込まれ、俺はめでたく『姫』から『鬼』へと変貌を遂げた。


また、父である国親が作り出した『一領具足』を有効活用するよう提案したのも彼女であった。


今の安定した軍勢も、そのおかげと言えよう。



つまり

彼女あっての、長曽我部元親なのだ。


しかし、その恩師は俺が21歳になる前日に姿を消してしまった。

もともと彼女がどういった人間であるのか、俺は知らなかった。
調べようとすれば、すぐに調べはつくだろう。
しかし、どうにもそんな気になれず謎に包まれたまま身を引いてしまったというわけだ。



あれから数年。

俺は四国を統べ、日ノ本に名を上げる武将となった。


昔の俺とは比べようがないくらい成長したと、自分でも思う。


あの人は何処かで耳にしているのだろうか。

彼女が初めて会ったときに言った、『鬼』の名を周囲に認めさせたことを。



また、笑ってくれるだろうかと。



そしてまた会いたい、そう思う。





「アニキー!見えてきましたぜェ!!」


「おお!…よし野郎共、天下っていうデカい船には俺が乗ること…思い知らせてやらァ!!」


「「「「うおおおー!!アーニキィイイー!!!!」」」」



腹の底から声を張り上げ、最高潮にまで上る士気に己の気持ちも高ぶる。





見ててくれよ、アンタが目覚めさせた鬼の力をよ。




眩しく光る海が、音を立ててうごめいた。






『海の向こうで』




このあと俺は

あの人と思わぬ形で再開することになるとは

予想もしなかった。







[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ