猿飛

□赤
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............





猿飛さんが、消える?




私は目の前で起こったできごとを
目をそらすことができませんでした。

それは幻のように思え、映画館で感動のエンディングを迎えたあとの余韻にも似ているように感じます。


猿飛さんから放たれた光はとても美しくて。木漏れ日のような暖かさ、夕日を浴びキラキラと宝石を生み出す海、自然の中に潜むそれに近い
それはそれは美しい光。


けれどそんなふうに例えられるそれは、私の胸をキリキリと爪を立て襲うのです。



「優季ちゃん」


「はい」


「俺様、あっちに戻るよ」


「…はい」


「ねえ」




そんな顔、しないで?




猿飛さんはそう言って私に近づいて。
それと同時に、冷えた頬に温もりが灯りました。


猿飛さんの大きな手が、私の頬にすっと触れていて。




「笑って」


「無理です」


「お願い」


「…私は、笑えません」


「……」


「猿飛さんもご存知のはずです。私は、表情を変えられないと」




私が頭を横に振り拒絶すると返事は返ってきませんでした。



これは私の言い訳、逃げだということを誰でも
ない私が一番よく知っています。


表情を変えられない、それだけが理由ではないことを。




「猿飛さんこそ、そのようなお顔をなされないでください。男前がもったいないですよ」


「……」


「それならまだ悪巧みしているときの表情の方が生き生きとしていて輝かしいかと」


「…あは、なにそれ」


「辛気くさいとカビやらキノコやらが生えてしまうとおっしゃったのは猿飛さんではありませんか」



私は精一杯おどけながら笑顔を作ります。勿論見た目の反映は望めませんが。

それでもこの雰囲気を払拭するための努力を惜しもうとは思いません。


猿飛さんの肩からほんのすこし力が抜けたように見えました。




「はっ、俺様は優季ちゃんほど後ろ向きな思考力ないから大丈夫」


「む、失礼です。私がまるでネガティブさんの化身とでも言いたげな…」


「ねがてぃぶ?」



あ。わからないですか、ネガティブ。

猿飛さんは今片仮名を勉強中で、日常で使うような言葉は大体理解できるようになっていて。
簡単な英語も子供向けテレビ番組で覚えたらしいです。

ついこの間

「あの人こんなこと言ってたのか…」

と眉間
にシワを寄せて呟いていたのを思いだし、くすりと笑ってしまいます。



「ネガティブはマイナス思考…まあ後ろ向きな考え方などを指します。人に向けるにはあまり良い言葉ではないかと」


「へー、『ねがてぃぶ』ねえ…」


「はい、そんなかんじで…ふふ」


「なに笑ってんの」


「あ、いえ…きっと平仮名表記なんだろうなと」


「?」



そのたどたどしい言い方が可愛らしくて思わず笑いが溢れてしまいます。
それからすぐに誤魔化しますが、恐らくかなり怪しいと思われるそれに冷や汗が背中をつたうのを感じました。


これが夢小説だったら、なんて。
客観的に考えて一人で笑っている私は変わっていること間違いなしですね。

まあなんにせよ、著者の趣味に走っていくのが目に見えていますが……ぞくり


あれ、いま悪寒が…。←




「もしもーし、優季ちゃん帰ってきてー」


「ただいまです」


「お帰り」


「猿飛さん」


「ん、なに?」



「今まで、ありがとうございました」



それから、良かったですね



私はこの時どんな顔をしていたんでしょうね。

猿飛さんは一拍置いてから
なんとも言え
ない表情で




「ありがと」





私に触れていた手を、ゆっくりと離されました。







『冷めていく赤』





これが一番、最善なんです。




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