猿飛
□突然
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「バイトの方はどう?あのおーなーに苛められたりしてない?」
「行さんはそんなことしませんよ。とてもよくしてくださいます」
猿飛さんはできたてのパンケーキを私の目の前に差し出し、ハチミツをたっぷりとかけながらそんなことをたずねます。
ふわふわのパンケーキに甘いシロップがじんわりと染み込み、口いっぱいに頬張ればさぞ美味であろうそれにワタシはつい見とれながらも
きっぱりと否定しました。
虐めるどころか、対人関係の仕事が皆無と言ってよいほどできない私に、1から丁寧に教えてくださったのです。
何度も失敗し、何度もお店に迷惑をかけてしまったのにもかかわらず
それでも、今まで一度だって投げ出されたことなどありはしません。
いつも決まって「次は大丈夫ですよ」と微笑んでくださるのです。
「行さんは、本当にお優しいお方です」
「そんなふうにすぐ簡単に信用するから今まで辛い思いをたくさんしたんでしょ。感心しないぜ?」
「…行さんのことを何も知らないのに、そんなふうに悪くおっしゃらないでください」
猿飛さんの言う通り、
確かに私は信用を裏切られる中で
人付き合いがいっそう苦手になってしまいました。
けれど、だからといって人を疑ってかかろうと思ったことなどありません。
むしろ、傷が増えるたび
信じたい心はより大きくなったのです。
どうすれば繋がりを保つことができるのだろう。どうすれば上手くつき合えるんだろう、と。
この気持ちまで放棄してしまったら、私は本当に人形のようになってしまうと思うのです。
行さんはこんな出来損ないの私の声に耳を傾け応えてくださる
数少ない安心感を与えてくださる信頼出来る人です。
だから、例えお友達である猿飛さんに「信用するな」とおっしゃられても、それこそ容易く頭を縦に振ることはできません。
「猿飛さんは心配性すぎると思います」
「…なに」
「ここは戦国の世ではありません。もう少し、落ち着いて構えても…」
「黙りなよ」
「っ」
「アンタに、俺様の何がわかるって?調子に乗るのも大概にしな」
普段よりもずっと低く、拒否ともとれる突き放すようなその声音。
感情を殺しながら、確実に獲物を仕留めんばかりの鋭い眼差し。
それはまるで、初めて出会ったときの猿飛さん。
そんな中で、のんき
に
「猿飛さんも、最初に比べて変わっていたんですね」
なんて考えを頭に過らす私は
危機感に欠けるのかもしれません。
私よりも、猿飛さんの方がよっぽど人らしい成長を遂げていたのだと。
「アンタ人に偉そうに言える立場?違うだろ。そもそも俺様は戦忍、人を信じるどうこうじゃなく、根本から感情なんて不必要。無駄なんだよ」
「…猿飛さんが戦忍であることは、よく知っています」
「じゃあさ〜、そんな惚けたこと言わないでくんない?正直、腹立たしいんだよね」
「猿飛さんは、戦忍です」
ですが、人間なのですよ。
私の一言に、猿飛さんの表情が曇ります。
それから呆れたようにため息をつき、「話にならない」と言わんばかりにパンケーキに視線を落とされます。
ふわふわだったパンケーキはグズグズになり、暗いシミが広がっています。
気がつけば、先ほどまでの甘い香りが消えて無くなっていました