猿飛

□アルバイトさん
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不思議な女の子が来た。




夜の8時、閉店1時間前。
常連のお客さんも帰り、そろそろ片付けようかなんて考えていたときだった。


カランカラン


扉のベが鳴り響き、店内にかけてあったゆるい音楽が瞬間打ち消える。

見遣ると、扉の入り口でおずおずと立つ影がひとつ。


見た事の無いお客さん、おそらく初めてお会いした女の子であろう。


扉が開いてから数秒間、なにやら躊躇していたらしいその子は何かに押されるかのように店内へと足を踏み入れた 。



「いらっしゃいませ」


「・・・」


声をかけると女の子は俯いて黙り込んでしまう。

どうしたのか、何か気に障ることをしてしまったのだろうか。


まだ若造で店を持って間もない自分の中で不安がぽつぽつと浮上する。
しかしそんなふうに考えてフと視線を戻すと、髪の毛で隠れていた顔がこちらを向いていて。

可愛いような、綺麗なような・・・中性的な整った顔立ち。
スカートを穿いていなければ男の子のようにも見えなくも無いその娘を、ついまじまじと見てしまう。

それに気が付いたのか彼女は目線を 振り払うようにし
て近くの席につく。


失礼なことをしてしまった、心の中で自分を叱り付ける。



「すみません、初めてのお客様・・・ですよね。ついまじまじと見てしまって、失礼しました」


「・・・あ、いえ・・・大丈夫ですから」


女の子は俯いたままだった顔をパッと上げてこちらを見る。やはり整った顔立ちだ、うん。
だけどほんの少し、表情が乏しいように感じられる。



「すみません」


「えっ」


「扉の前で佇んでしまって、邪魔・・・でしたよね」


「いやそんなことはまったく!こちらが勝手に見とれてしまっただけで・・・その、すみません」


「私こそ」


「俺こそ」


「「・・・」」



ふっ


気まずい空気から一転、柔らかいそれに変わり目の前に広がったような気がした。

彼女はやはり表情を変えない。
けど、纏う雰囲気がやさしいものものとなっていて。

伝わるそれが嬉しかった。




「えと、あの・・・オレンジジュースをひとつおねがいできますか?」


「かしこまりました。すぐにお持ちしますね」



注文を受け、少々お待ちくださいと頭を下げてカウンターに戻りすぐさま準備にかかる。

しぼりたてのオレンジ
ジュースを氷の入ったグラスに注ぎ、棚から小皿を取り出して今朝焼いた紅茶クッキ ーを2枚載せて彼女の前に差し出した。


注文以外のそれに彼女は少々動揺したらしく



「あの、これは・・・」


「サービスです、よかったら召し上がってください」


「あ」



ありがとうございます



そういって頭を下げる女の子。
それから若干遠慮がちにそれを摘まみ、一口ほお張った。

サク、と小気味よい音が聞こえて。続くようにして「物凄く美味しいです」とゆっくりと味わう様子に胸の中がふんわりとする。

ほわほわと和んでいた俺は、ハッと片付けの途 中であったのを思い出し「ではごゆっくり」と一礼しその場から立ち去ろうとした。


けれど。ソレは敵わず足が止まる。
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