猿飛

□歯車
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「そういえばさあ」


「はい?」


「優季ちゃんて、なんで働いてないの?」



ドッキーン、です。

予想外の核心をつく質問に、私の胸が飛び跳ねちゃいました。


本日は雨。それも土砂降りです。

猿飛さんがこちらにやってきてからの初めての悪天候、気づけばため息を何度かしてしまったようで。


天気予報では「小雨からすぐ晴れるでしょう」なんて言っておられたのにこの様ですよ、お布団を日輪干しをしようと思っていましたのに。

見ているニュース番組を変えてしまおうか、なんて考えもしたのですが未だに決心がつかず。

何しろそこのキャスターさんの声が素敵なのですよ。見た目はひとまず置いておいて、声が澄んでいて耳障りがとても良い。

それを聞くために、私は毎朝7時に起きて(それは前からですけどね)ご飯を済ませ、テレビの前へと腰を下ろすのです。


猿飛さんにそれを話したことがあるのですが、「…しょーもない」と吐いて捨てられてしまいました。ひどいです。


好きなんですから仕方ないですよ、人それぞれなのです。


そう言いますと何も言われなくなったのですが、いそいそと茶の間に移動していると冷たい眼差しを背中で感じる毎日が続いております。


しかし私は負けません。これからもかかさず彼の声を耳に焼き付けるのです…!



「話が脱線しすぎ、帰ってきて」


「ただいまです」


「おかえり。で、質問の答えは?」


「ええ…」


「言いたくないの?」


「いえ、そういうわけでは…」



別に隠したいわけではありませんが、なんとなく気が進まない話題なんですよね、これ。



「お金、たくさんあるんです」


「自慢?」


「違います」


「あは、冗談だから怒らないでよ。昔に貯めてたとか?」


「いえ…。父親が会社を経営してまして、生活支援をしていただいているのですよ」


「それ、社長ってやつ?優季ちゃんてお金持ちだったんだ」


どうりであんな高そうな服を沢山買えたわけだ。



猿飛さんが手を打ち納得したご様子。一方、私はというと少し憂鬱で。

この歳になって働きもせず、親のすねをかじっているなんて。
世間には様々な人がいらっしゃいますが、自身のこととなると話は別です。



これじゃいけない
わかってはいるからこそ…恥ずかしい。



「アルバイトを何度か試みはしたのですが、すべて続きませんでした」


「……」


「お察しの通り、この顔ですから。接客は全然、話しにならなくて…。まあ面接で、すでに落ちつづけたのですけどね。無理かなあとは思っていましたが」


「裏方の仕事は?」


「…最後に一度、厨房の方で働かせていただきましたよ」


「上手くいかなかったんだ」


「仕事は問題ありませんでしたが…人間関係がまずくて。周りの方々に気味悪がられまして、2ヶ月程で逃げ出しちゃいました」


おかげで人と関わるのが怖くなりまして、軽い引きこもりです。


買い物なんか必要最低限の外出はしますが、やはり好んで外に出たいとは思えなくて。



「さすがに何もしないのも辛いので、一応ネットで絵の仕事をさせていただいてます。親の支援が無ければこの家にも住めてはいないのですが、飢えない程度の収入はありますので」


「アンタ、絵なんて描けたんだ」


「下手くそですけどね、唯一の取り柄です」



できるだけ両親の枷にならないように、自分の限りを尽くしたいと考えてきました。

といっても、やはり人とコミュニケーションが上手く取ることができない私は社会不適合者…すでに大きな枷ですよね。



「へぇ…俺様てっきり働きたくない怠け者かと思ってたよ」


「……現状に大差はありませんけどね」



ニコニコ良い笑顔の猿飛さんが一体何処まで本気で言ってるのかわかりませんが、言い訳しようとも思いませんしそのまま受け入れます。


明日から頑張るなんて、今まで何度思ったことか…ああ、典型的な引きこもりさんです私。



「優季ちゃんは、このままじゃいけないって思ってるわけだ」


「……変わらなければ、とは思っています」


「じゃあさ、変わろうよ」


「はい?」



猿飛さんが何をおっしゃっているのかわかりません。



変わる…私が?




「アンタ耳遠くなった?耳鼻科行きなよ。
だから、今からその『アルバイト』っての始めて変わろうっつってんの!」


「う…え、ええ」



雨音響く室内に、私の困惑した声が反響しました。土砂降りに負けない、なかなかの情けない声音。


変わる故のアルバイト…つまりそれは、私への人生で指折りに入る程の試練…ということ。



「あの、猿飛さん…冗談ですよね?」


「この目見て、冗談に見えんの?」


「…いえ」


「わかればよろしい」


「無理です」


「……」


「私にはできません、駄目ですよ」


「アンタさ、恥ずかしくないの?」



俯いて頑なに拒絶する駄々っ子な私、ああ何やっているのだろう。



「…恥ずかしいですよ。22歳にもなって、親に支えられて…バイトすらできない私が」


「そういうことを言ってるんじゃない」



ぴしゃり、言葉は遮られ私の身体が強張って。


そして恐る恐る顔をあげ、猿飛さんの顔を見ます。


そこには、かつて人に向けられた侮蔑や拒絶に満ちた目ではなくて。



真っすぐで、綺麗な瞳。




「できないんじゃないよ。アンタはやらないだけだ」


「……」


「自分の力量を見極めんのは時には大切だよ。でもアンタは過去を引きずって限界を決めつけてるでしょ。やろうともしてないアンタはできないんじゃない、怖がって隠れてるだけ」


「……」


「アンタは周りが怖い。でもそれと同じくらい、逃げ続ける自分も怖くて仕方ないんだろ」


「それは…」


「できる。アンタと過ごした時間は短いけど、俺様はそう思った。ま、俺様みたいなのが偉そうなこと言えないけどさ」



少しだけ残った勇気をさ
知らない誰かのためじゃなくて
俺様のために使ってくれない?




信じて。


それは猿飛さんからのメッセージ。

後ろ向きな私の腕を引き、背中を押してくれているようで。


こんな信頼の形を初めて人から向けられて戸惑う一方、もの凄く嬉しいのです。



「まあ優季ちゃんてばおっちょこちょいだから、人どうこうより仕事失敗して辞めさせられるかもしれないよねー」


「猿飛さん」


「ん、言い返せるの?」


「私」




変われるでしょうか?




振り絞った声は、雨音に負けるくらい小さくて弱々しい。
震えて情けなく放たれたそれを受けて、意地悪顔だった猿飛さんは柔らかな表情になって。




「当然。この俺様が言ってるんだから、信用しなよ」


「…ふふ、そうですね」



強くて、オカンで、意地悪だけど本当は優しい猿飛さん。

私の誇る大切な友人様が言うんです、信じられない理由なんてありません。



信じよう。それから、応えよう。




「やります」



バイト、頑張ってみます。


変わりたい。猿飛さんと出会ってからどこかでずっと思っていました。
自分とは掛け離れた彼に憧れ、自分を非するだけのそれが苦しかったんです。


あなたと出会わなければ、きっと変わりたいだなんて思えませんでした。



「逃げたくないです。猿飛さん、私…変わりたい」


「…うん。いい返事」


アンタにしては、上出来だ。



くしゃりと頭を撫でられ、心地好いそれに瞼を閉じます。
春風がそよぐような、優しいそれ。

これだけで、頑張れるって思えて。



「優季ちゃん、気づいてる?」


「何をですか?」


「わかんないならいいよ」


「気になるのですが…」


「んー、時期にわかるんじゃない?」



それまで精進することー


鼻先をツンとつつかれて、猿飛さんは「ココア入れてくるね」と言って部屋を出ていかれました。


雨音が響く室内で、一人頭を傾げる私。ふむ、わかりません。




けど、不思議ですね。




「あんなに怖かったのに」






ほんの少しだけ

ワクワクしている私がいる
















もう

変わり始めてる






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