猿飛

□デージー
1ページ/1ページ

............






ニコニコ



……。




優季ちゃんがおかしい、というかあきらかに変だ。


朝餉を食べながら、一口一口噛み締めるように食べるそれはいつも通りの光景。

異様なのはそれではなく
キッシュを口に含んではニコニコ、ヨーグルトに手をつけてはニコニコ…。

あの鉄仮面が崩壊し、事あるごとに口角をゆるりと上げ幸せそうに笑む彼女がいて。


き、気持ち悪い。←
今までの無表情は何だったのかと問いたくなる。



「お、美味しい?」


「はい。とても、物凄く」



それもいつもと変わらぬ返事。

しかし満面の笑みを添えて告げられるのは初めてで、思わず動揺してしまう。



「絶対おかしいって!アンタさっきからなんでそんなに笑ってんのさ!!」


「それは美味しいからです…って、私笑ってますか?」


「笑ってる。普段じゃ考えらんないくらい笑顔だよ」



てか無自覚?
俺様がビシッと指摘すると、当人は心底不思議そうな顔をしてスプーンをくわえている。

行儀悪いから出しなさいと諌めてから、机に置かれていた手鏡を優季ちゃんに向けて見せてやる。

すると、彼女は目を丸くし未確認生命体でも発見したかのような表情をした。



「…信じられません」


「それは俺様の台詞」


「すみません。でも、本当に驚きです…。私が人間らしい表情をしているなんて」


「発言がすでに人間らしくないよね」



手鏡をまじまじと見、それでもどこか信じられないといった顔をする彼女を見た限りでは
やはり故意に無表情を作っていたわけではないのだと確信する。
しかしまあ、無表情だったそれが豊かさを取り戻すのは悪いことではない。
むしろ彼女自身気にしていたようだったし、結果良ければなんとやら…だ。



「なんか変なかんじです」


「うん、変だね」


「そういう意味で言ったわけでは…」



うう…とややうろたえる彼女を見遣り、フと考える。

どうして突然表情が戻ったのか。生命の危機に陥ると才能を開花させる…なんて、そんな都合の良い話があるものか。
少なくともこの凡人娘には縁の無い話だと思う。


少なくとも、彼女が表情を失った経緯も関与していると考えて良いだろう。

生れつきの無表情でないとわかった今、何らかの原因があると考えるのが自然でしょ?


それに、この間見た写真。あれが一番怪しい。
優季ちゃんの反応に違和感を抱いたのは前々からだけど、先程からニコやかな彼女と
写真の中の笑顔の子供がうりふたつなのだ。

優季ちゃんは自分ではないと否定したが、これはもう否定のしようがない。
双子の姉とか言われたらそうなるが、そこまで行くと何でも理由がつけられるため
深く疑うのはやめておこう。


…ふう、俺様ってば探偵みたい。
と胸の内で呟いてみる。あは、最近推理小説にはまってるんだよね〜。



「猿飛さん、キッシュのおかわり…」


「え、もう食べちゃったの?」


「すみません」



こくりと頭を下げる優季ちゃん。
普段は少食であるが、好物になると彼女は恐るべき食欲を発揮する。
この間なんか、お手製デミチーズハンバーグ(某番組でやってたのを作ってみたの)を5皿も平らげた。
さすがの俺様も目を疑い、その細身のどこに納まったのかと真剣に考えたものだ。


そして現在キッシュを4人前平らげ、おかわりをねだるその顔は実に幼くて。

いつもは黙々口に運んでるだけなのに、表情があるだけでこんなにも雰囲気が変わるもんだと感心する。


俺様はそのシュンと眉を八の字に下げた彼女の頭をポンと軽く混ぜてやった。



「まあいいよ、新しく作るから待ってて」


「…!」



ありがとうございますっ!


パアッと花の用に笑う優季ちゃんに、不覚にもドキッとした。


そ…それはズルイって!!


普段ならボーッとした顔でボヤーッと言うくせにさ、突然そんな風に笑うのは卑怯ってもんでしょ!?


俺様は顔を背けさっさと調理にとりかかる。優季ちゃんはというと、やはり「?」を浮かべていて。
天然なのかただの鈍感なのか…とにかく無自覚にしたって、タチが悪い。



「猿飛さん、何かお手伝いすることは…」


「無い。アンタに手伝って貰うと余計仕事が増える」


「……」


「……ああもうっ!」



いちいち捨て犬みたいな顔をしないでよ!

何この子、実は犬の子なんじゃないの!?うるうる目でこっちを見ないでよ、俺様が悪者みたいでしょ!


俺様は目にも止まらぬ速さで調理をし、出来たてのキッシュを彼女の目の前に出してやる。
するとキラっキラと目を輝かせ手を合わせる彼女を見てため息をつく。



「なんか疲れるわ…」


「むぐ…肩揉みましょうか?」


「年寄り扱いしないでくれる?それから物を口に含んで喋らないのー」



優季ちゃんが焦ったように頭を上下に振り了解の意を示す。


うーん、確かに表情があると華やぐんだけどさ…。
なーんか、物足りないんだよね。

普通は逆であろう、自分でも不思議だ。
豊かな表情よりも無表情の方が物足りない、それが一般的で当たり前だろうに。

コロコロ変わる優季ちゃんは嫌じゃない。単純でわかりやすいし……悔しいけど、たまにドキッとしてしまう。


けど、なんかそれは彼女らしくなくて違和感を覚えるのだ。


優季ちゃんなのに、違う子みたい。そんなかんじ。

これからの生活に支障は出ないだろうが、何か引っかかるそれが俺様は気に入らなくて。


歯痒い。


ハッと気づくと、キッシュを頬張りうっとりする彼女を俺様はボーっと見つめていたらしく。

不覚にも「可愛い」だなんて思っていて。



うああっ…やだやだこんな俺様!
頼むからこんな小娘に無駄な感情抱かないでよ…。


深くなるため息にそんな想いを溶かしながら、思い切り吐き出した。

そんなことに気づくわけもなく鈍感娘は6皿目に手を伸ばしつつあって。



一難去って、また一難…。



これ、何とかしないと。















このままは


俺様が困る。




***

続きます

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ