猿飛

□眠る
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............






あれ、猿飛さんがいません。


朝起きたら、いつもキッチンに立ちご飯の支度をしてくださっている猿飛さんの姿がなくて。

テーブルにはお皿が並んでおり、冷蔵庫を覗きますと
キッシュとフルーツサラダ、それから自家製ジャム入りヨーグルトが入っていました。

どれも、今となっては彼のお気に入り番組である『テレビクッキング』で紹介されていたものです。おそらく猿飛さんが用意してくださったものでしょう。


私は冷蔵庫を閉めて

「猿飛さーん、いらっしゃいますかー」

と声をかけてみます。いつもならひょこっと顔を出し、何か用かと尋ねるそれもありません。


廊下の方にも投げてみますが反応はなく、思わず頭をかしげてしまいます。


こんなこと、今までなかった。



猿飛さんがこちらに来てから2週間と3日経っており、朝起きて姿が見えないというのは今回が初めてです。


前にも言っていたように、私が床についてから夜中に外へ出かけているのは知っていました。

それでも、必ず私が起きた時には帰ってきていて
いつのまにか朝ごはんを当たり前のように作ってくださる猿飛さんがいて。


部屋に漂う温かいスープの香りや、食器を洗う水の音。

慣れつつあった人の気配。


それらが無いことに、若干の不安が胸の鼓動を早めます。



「何か、あったのでしょうか?」


迷子…は無いと思いますが、もしかすると何らかの事故にでも会ったのでは。

私はいてもたってもいられなくなり、ベランダに駆けて行き
窓を勢いよく開きました。
窓の鍵は開いており、ここから猿飛さんが出入りしていたのだとわかります。



「猿飛さん」



朝日が昇り空が青みがかり初めており、耳に心地好い小鳥のさえずりが聞こえてきて。
そして程よく暖かい日輪が私を照らし、一日の始まりを告げているようです。


ですが、今の私を支配するのは猿飛さんの安否で。
慣れない世界の、それも夜に外に出向くのは一般的に危険なもの。
忍さんだから大丈夫かな、なんて考え口出しをしなかったことが悔やまれます。


もし、怪我でもして帰って来られないなんてことがあったら…


嫌な予感が頭を巡り、どんどん気持ちが落ち込んでいきます。


私は、いつからこんなに心配性になったんでしょうね。



成す術もなく手すりに体重をかけ、背伸びをし遠くまで見ようと身を乗り出します。

救急車の音とか…してない、ですよね。



「どこにおられるのですか…」



私がそう呟いた時です。


先程まで穏やかな風がゆるく吹いていたのにも関わらず

突然、ぶわりと強い風が私の身体をさらって。

体制を崩した私は手を滑らせ、手すりの向こう側へと前のめりになりました。



これ、マズイかもしれません。



そう思った時にはもう遅く、私の足と地は完璧にサヨナラしていて

ズルリ


鈍い、そんな音が聞こえました。



重力に任せて身体が地に引き寄せられていく中、思ったよりもゆっくり時間が流れていくようで。



ああ、私はこのまま落ちてしまうんですね

だとか


痛いのは、嫌です


だとか。



いろんなことを考える余裕がありました。
よく走馬灯が見えると聞きますが、私の場合はゆるい呑気な思考が溢れます。



猿飛さん、本当に無事だといいんですが…

あ、もしかして元の世界に帰れたのかもしれないです。それなら、いいのに。


あちらの世界で待つ真田さんや武田さん…彼を待つ家族の元に戻って。


それから
オカン節を効かせて「忍の使い方間違ってるでしょー」って呟きながら、お団子を作ったり。

それでも、大切な人との時間を愛おしいと感じて。


私のことなんか忘れて…




……うん。それでいい、ですよね。






「優季ちゃん!!」






あ、猿飛さんが私を呼んでます。

あっちに戻れたのでは無かったのですか。


なんだ、まだこちらに居られたんですね…



…………。


ごめんなさい、猿飛さん。




私は嫌な友人です。
とんでもない詐欺師です。


あなたの幸せを願いながら
私はホッとしています。


心から、まだ私を忘れずにここに居てくれたんだなって思う自分がいるのです。



すみません、本当にごめんなさい。



でも、これが私の本音のようです。





トン




物がぶつかる小さな音が
最後に聞こえた気がしました。





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