猿飛

□焼き付けられた
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............





「ねぇ、これ何?」


「はい……あ」



猿飛さんが持っていた物は数冊のアルバム。

どこから引っ張ってきたんだか、私ですら忘れかけていたそれを猿飛さんは興味ありげにめくっています。
なんだか楽しそうですね。



「すごく本物にそっくり、優季ちゃんが描いたの?」


「いえ私が描いたものではありません、それは写真というものですよ。風景や物を一度箱に取り込んで、現像してそういった形にするんです」


「へぇ…よくわかんないけど面白いね。色も鮮やかで、空間を切り取っちゃったみたい」



猿飛さんがめくるページには、私が過去に撮った風景写真がありました。
夕焼け空や桜並木、海岸で遊ぶ子供達など様々な風景をおさえた写真が並んでいて。

写真集とまではいきませんが、それなりに形になっていると思います。

自分なりによく撮れたと思ったものを、こうしてアルバムにするのを趣味としていました。


それは私の数少ない趣味のひとつ。


ですが、外出自体が少なくなってからは次第に撮影することも無くなり、こうして埃を被って現れたというわけです。


ソファに座ってマジマジと見る猿飛さんの隣を陣取り、懐かしいそれらを覗き込みます。


「こんなのも撮ったなあ」と思い出にふけっている一方。

猿飛さんはというと
写真1枚1枚をじっくり見ては、ページを丁寧にめくるその様子は実に真剣で。


私はまるで自分の作品を先生に見せて、ドキドキと評価を待つ小学生のような気分になります。恥ずかしいような、なんとも言い難い気持ちですね。



「あの、猿飛さん…」


「…え?あ、ごめん集中してた」


「その、お気に召しましたか?」


「んー、まあまあかな。あっちの世界じゃ、ゆっくり風景を楽しむような暇もないし」


「そうですか」


「あ、この桜の写真はわりと気に入ったかな。綺麗に手入れされてて、色も淡くて…あっちの桜を思い出すよ」


旦那や大将がお花見したいって言い出した時は、大量のお団子持ってったなあ。


写真を見ながらぼんやりと物思いにふける猿飛さん。

「忍使いが荒い」だの「突拍子もなく無理難題を押し付けてくるのは困る」だの。

そう言いながらも、やはり懐かしいのでしょう。優しく写真を眺めるその人は、どこか嬉しそうで。



「良い人達なんですね」


「この話聞いてそれ言う?
……まあ、良い人達だけどさ。忍の俺様を家族扱いする程、人情に厚いお方だねぇ」


「ご厚意どうこうと言うよりも、真田さん達も猿飛さんのことを大切に思っているからじゃないでしょうか?」


「……」


「口で言うのは簡単です。けれど、人を優しい笑顔にできるのは本物だけですから」



猿飛さんをそんなふうに笑顔にできる皆さんが、少し羨ましいです。


おどけてそう言うと

猿飛さんは一瞬、驚いたような顔をして、それから複雑そうな表情で私を見遣りました。



「それって友人として悔しいなーとか、そんなかんじ?」


「はい」


「……はぁ」



なんでしょうか、また何とも言えない表情ですね。ため息もどこかいつもより深いですし。

…もしやすると、人様のことを私のような引きこもりが
ベラベラと知ったような口を利いたことに呆れられているのでしょうか。

だとしたら私は『空気読めない友人』として幻滅されているのでは…


そんな負のイメージが浮かび上がり、若干うろたえているのを余所に
猿飛さんは複雑そうな面持ちのままページをめくられます。

私は写真から視線を外し足先に移し、謝るか否かを考えていますと
とあるページで猿飛さんの手が止まるのがわかりました。



「ねぇ」


「はい?」


「これって、優季ちゃん?」


「…」



猿飛さんが指差す写真には、若い夫婦と子供が二人。
天気の良い空と海を背景に、手を繋いで満面の笑みをこちらに向けていて。

とても仲が良さそうな、よくある家族写真。



そしてその中に、自分の面影を持った少女がいました。




「この子、小さい頃の優季ちゃんでしょ。ってことは、この人達は家族だよねー…」


「違います」


「は?」


「この人達は私の家族、です。……けど、この女の子は、私じゃありません」


「え、嘘でしょ?幼いし、すっごく笑顔で可愛らしいけど…優季ちゃんにそっくりだよ」


「いいえ、私ではありません。人違いです。私はこの中には写っていませんよ」



私はきっぱりと否定しますと、猿飛さんが眉根を寄せました。


猿飛さんの視線、少し痛いです。

でも私はそれを無視して
そのアルバムを閉じました。


何か言おうとする猿飛さんを遮り「少し待っていてください」と告げ立ち上がります。

それからテーブルにアルバムを置いて、その場をあとにしました。




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