猿飛

□役割
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............






「……」


「どうしたの、間抜けな顔して」


「間抜けだなんて失敬な…元からこの顔ですよ」


「だから間抜けって言ってるんだけど」


「それさらに酷いと思うのですが」



私がじとりと視線を投げた先には、ソファに腰掛けてコーヒーを優雅に啜る猿飛さんが一人。

先日買い込んだ服を華麗に着こなしくつろぐ姿だけで写真集が作れそうです。
本人に自覚があるのかはわからないけれど、足を組み替えたりする動作だけでも色気があって。



「歩く18禁になりえますね…」


「ちょっと。人を変態みたいに言わないでくれる?」


「あ、いやそういう意味では…」


猿飛さんは不機嫌そうにカップをテーブルに置き、カーペットに座る私の背中を「このー」と小突きます。

まったく痛くない、むしろ行動が可愛らしいなと思えて。

彼は彼で本当に怒っているわけではなく、軽いスキンシップ程度に思っているのでしょう。


囁かなそれも、なかなか楽しいものです。



「で、さっき何考えてたの?」


「え、ああ…それは」


「イヤラシイことでも考えてたんじゃ」


「猿飛さんじゃあるまいし…いっ」


「殴るよ?」



すみません、すでに殴られた頭部が嘆いているんですが。

私は頭を撫でながら口を尖らせてみます。しかし猿飛さんは華麗にスルーし話しを続けられました。酷いです。



「ほら早く言っちゃいなって」


「…猿飛さんの帰る方法、なかなか見つからないなあ、と」


「そんなこと?」


「そんなって、大切なことじゃないですか」


「俺様のことなのに、なんでアンタが怒るんだか…」


怒ってるわけではありませんが…とても重要なことでしょう。

熱弁とまではいきませんが、私が強く言いますと
猿飛さんは困ったように笑います。

参ったなあ、そう言って。



「時間がもったいないでしょ、俺様がここに落ちてきた理由なんてわかりっこないんだから。」


「ですが、探せば何か方法が…」


「いくらこの世界の情報網が発達してても、こんな奇怪な出来事そうそう無いだろ?
あっちの世界でも、そりゃ何でもありなところはあったけど…こんなの聞いたことないし」



真剣に話すそれは、確かに真をついています。

方法を探すにしても、情報が少なすぎる。その上、このような前例が過去にあったかどうかすら怪しいものを。

つまり、空気を掴むようなそんな淡い期待を持ち続けなければいけないということで。


猿飛さんのことですから、恐らくは思い当たる節はすでに当たったのかもしれません。

夜中にこっそり抜け出しているのは知っていました。
朝には帰って来るのですが、果たして彼はきちんと睡眠をとっているのかが心配です。



「手伝うと言っておきながら、役に立てず申し訳ありません」


「こればっかりは仕方ないでしょ。俺様でさえお手上げだってのにさ」


「……」


「あーまた暗い顔して!湿っぽいとカビ生えるよ?ほら、もうすでに優季ちゃんの頭にカビらしきものが…」


ハッと慌てて手を頭にやると、その姿がいかに滑稽だったのかを訴えてくるかのようなニヤニヤ顔がこちらを見据えており。


「なんていうかさあ、馬鹿正直だよねぇ優季ちゃんて」


なんて。

そう言って微笑んで頭を撫でられましても、微塵も嬉しく無いのですが。

たまに見え隠れする、人を小馬鹿にしたような笑顔が実に憎ったらしいです。




「お触り禁止ですよ」


「アンタどこの箱入り娘だよ」


「…私は、箱入り娘ですよ」


引きこもりという名の。



猿飛さんは呆れ顔になり手を引っ込めてしまわれました。
私の軽いノリは時としてため息の嵐を巻き起こすようです。

己の意外な才能に拍手を送りつつ、本題に戻ることにしました。



「ですが早く戻らなければ、真田さんがお困りになるでしょう?」


「あー、確かに困るかもね。
でもあの人もそろそろ俺様無しで、パキパキ仕事こなして欲しいし。いい機会なんじゃない」


団子不足で発狂してないといいんだけどねー。

と言ってソファから私の隣に移動し、猿飛さんは腰を下ろします。

それから、胡座をかいて私の顔を覗きこんで小さく笑みました。



「こっちに来れたんだから、そのうち帰れるって」


「悠長な…。猿飛さんは帰りたくはないのですか?」


「そりゃあ帰りたいよ。こんな俺様にも、待ってる人達がいるからねー」


「なら…」


「でもね、こっちに来ちゃったからには何かやることがあるんじゃないかーって俺様思うようになったの。何らかの役割がさ」


「役割?」


「そ。何事も偶然のようでそれは必然なんだよ。起こるすべての出来事は、どこかで何かと繋がってて。
偶然はね、連鎖の錯覚っていうふうに俺様は考えてる」


「…深い、ですね」


「んー、持論だから根拠はないんだけどさ。俺様が勝手にそう考えてるだけで」



とにかくだよ


猿飛さんは私から目線を外して、テーブルに置かれたカップを手に取ります。

黒い液体から香ばしい匂いが漂ってきて、猿飛さんは少し冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干しました。



「俺様のために悩むことないってこと。どうせなら、ここで俺様の…そうだな、『想い出作り』の手伝いでもしてもらいたいなあ」


「想い出作り…」


「俺様はここで自分の成すべきことを見つけて、まっとうしてみせる。だから、優季ちゃんは俺様の記憶に色をつけてよ。
あっちに戻って『あー、無駄な時間過ごした』なんて考えたくないんだよね、俺様」


「それで、いいのでしょうか」


「俺様が頼んでるんだよ?間違いないって」


「……わかりました」


「ん、ありがと」



頭にポンと手を置かれ、ニィと笑顔を向けられて、私も思わず笑みが零れそうになります。
実際表情には出ていないのですけどね。



私にできることはほんの囁かなことで。
私でなくても、誰にだってできることであったとしても。

私は、自分にできる精一杯をやりたいと思いました。


猿飛さんは気を遣って『想い出作り』を願い出たのかもしれません。

忍である彼が、自らそういったことを言うのは考えにくいことですからね。うじうじと悩む私に見兼ねたのだと思います。


それでも、託されたそれを無下にしたくない気持ちも確かで。




私は小さく拳を握り、固く心に誓います。


空っぽのコーヒーカップからは、隣から香るそれと同じ
ほんのり苦い香りがしました。




猿飛さんに対して私ができる、成すべきこと。




私も、まっとうします。
















(優しい想い出を)


(あなたに)







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