猿飛
□瞳
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「猿飛さん」
「なあに」
「猿飛さんはどうやって来たんですか」
「知らないよ、こっちが聞きたいくらいなのに」
不満そうに眉根を寄せる猿飛さんいわく、あちらで戦があって猿飛さんは戦忍として仕事をこなしていたらしい。
で、相手国の情報を得るべく森に入ったとき。一本の木の幹から奇怪な光が洩れているのに気がついて、それから何かの罠かと思って近づいたそうです。
慎重に距離をつめ手を伸ばしそれに触れた瞬間
「ここに落ちてきた」
「そーいうこと」
「何と言いますか、お気の毒様です」
「本当にね、参っちゃう。おかげでこんな辺境地に投げ込まれて、しかも色気も可愛いげもない女の世話になるなんてさ…」
俺様もっとこうふっくらした人のとこに行きたかったなあ
なんて。堂々と嫌みを言う猿飛さんはどこか楽しそうです。どうにも言い返す気分にもなれず、私は自分の胸部に視線を落とします。
ぺたーん
擬音で例えるならこれです。一応Bはあるんですよ、正直ギリギリ片足突っ込んでるくらいのあれですが。
しかしまあ最近の成熟した若者達と比べたら、本当に貧しいもので。自分で言うのも悲しい話ですが、平地です。
「そんなわかりやすく自分の見る?見ても大きくなんないよ。なんなら大きくしてあげ」
「拒否です。というかしつこいですよ、そんなに切羽詰まってるんですか」
「何が?」
「性欲」
「恥じらいも無くサラッと言っちゃったよこの子。自称とはいえ乙女なんでしょ、直球でそういうこと言わないの」
「すみません」
お母さ…ゲフン。冗談ですって、いきなり眼光ギラリなんて怖いから止めていただきたいです。
猿飛さんは「まったく懲りない子」と言ってため息をつきます。いや、あなたの発言にも十分問題があると思いますが。
しかしまあ、こんなやりとりはするものの
本当に猿飛さんをあちらに帰す方法を探さねばなりません。恐らく彼のいない穴は大きい。真田さんも心配しているでしょう、猿飛さんが主を心配しているように。
誰かに必要とされる人間は、そのもとに帰らなければならない。それが固い絆で結ばれているなら、なおさら。
だから私は家主として、人として、猿飛さんを送り返す義務があると感じています。
「早く帰られるよう、私も全力でお手伝いします」
「あれ、怒ると思いきや何故かやる気満々?俺様アンタの怒った顔期待してたんだけど」
「ご期待に添えずすみませんバカヤローさてその方法についてですが…」
「今しれっと暴言吐いたよね。俺様聞こえちゃった上に妙に傷ついたんだけど…って、ちょっと優季ちゃん聞いてます?」
「冗談です」
ちょっとした仕返しですよ。
猿飛さんが「馬鹿馬鹿!」って言ってるうちに、私はパソコンを起動しちゃいます。あまり新しいものとはいえませんが、わりと機能の良いMYパソコンさんです。
「何これ、てれび?」
「これはパソコンというものですよ。情報を探すのにとっても便利な代物です」
「情報収集は忍の専売特許なはずなのに…こんな箱に俺様負けちゃうわけ?屈辱だわ」
猿飛さんがクナイを取り出してパソコンに突き立てようとするのを必死に止めます。止めてください、私の親友と言っても過言ではないのですよ。大切なあまりに『コンちゃん』という名前までつけちゃったんですから。
「物に名前つけるとかアンタ童か」
「いいじゃないですか…」
「友達いないとこうなるんだね、あはー痛い痛い」
「猿飛さん…」
もぎますよ?
私が静かにそう口にしますと、猿飛さんが黙りました。彼の瞳が「何を!?」と訴えていますが知りません。私は今怒っているのです。
「友達は、います」
「…」
「けれど、わからないんです」
「…それどういう意味?」
「そのままの意味です」
私がそっと視線を外し画面を見つめると、それ以上は何も聞いてはきませんでした。
なんだか空気が重くなってしまい、少しだけ申し訳ない気持ちになってきます。怒っているとは言ったものの、それは瞬間的なものらしく今はそのカケラさえ残っていません。
こういうのを何と言うんでしたっけ。
とりあえずネットに繋ぎ片っ端からワードを検索していきます。
逆トリップ、異世界、帰り方…思い付いた単語を打ち込んでいきますが、まあそんな簡単に出てくるはずもなく。開くページが段々とダークになってきたあたりで手を止めました。
「難しいですね…困りました」
「やっぱり情報は自分の足で探さなきゃ。箱で得られる情報なんてあてにならないよ」
だからそんな肩を落とさないで。そう言って私の頭を混ぜます。
コンちゃんに対しての嫉妬がそう言わせているのか、それとも私を慰めようとしているのか。後者は、ない…ですよね。
「すみません、期待を裏切ってしまい」
「期待してないから大丈夫」
「それはそれで寂しい気が…でも、ありがとうございます」
「別にお礼なんていらなーい。てかさ、そんなことより」
猿飛さんの手が私の顎に添えられクイッと上に傾けられれば、さっきまで遠くにあった顔が近くにあって。
呼吸が感じる程に詰められた距離に、思わず息を止めてしまいます。
普段冷たさを感じるその瞳は、どこか魅入ってしまう光を放っており、そこに映る自分は完全に猿飛さんに捕らえられていました。
無言。しばらくその状態が続き、口を開くか否か考えておりますと
目の前にある猿飛さんの口元が、一瞬ニヤリと引き上がったのがわかりました。
「っ!!」
い、い、痛い!!
猿飛さんが突然私に頭突きをくらわせてきました。これは痛い、手加減無しです。おでこ腫れた気がするんですが。
私が涙目で打撃部を抑え睨みますと、その張本人はニッコニコーと笑っていて。
「なんかイラッとしたから、つい」
「ひ、酷い。これは仕打ちですか、私何もしていないのに」
「うるさい」
その一言でピシャリと話を打ち切られてしまいました。
なんなんですか、私が一体何をしたというのでしょう。
猿飛さんは笑顔なのに何故か目が笑っていないし、私は私で何故だか心拍が異常に早まっている。
お願いします、誰か納得のいくよう説明してくださいませんか。
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あームカつく。何なの、何なのさあの無表情!
少しは反応しろっての!つまんない、あーつまんない!!
この俺様が迫ってんだから頬染めるなり動揺するなり、なんかあるでしょ普通。今まで通じなかった女の子なんていないし、そもそも雰囲気悟って目くらいつむるものでしょ。
なのに
優季ちゃんは微動だにせず、俺様を静かに見つめていて。否、見ていた。
本人は自覚無いのだろうけど、表情は変わらないけれど彼女の瞳はとても正直で。
無垢な好奇心と、ほんの少しの恐怖がそこにはあった。
混じり気のない漆黒が、俺様を突き放すように、でも逃がさないようにと映し出す。温度を感じないその瞳、むしろ奪われるようなそれに俺様は引き込まれた。
このまま好き勝手に乱してやるのも悪くないかも、なんて考えが闇に溶けて消えてしまって。
俺様はどうにも悔しくなって、彼女に頭突きをお見舞いした。
彼女は手加減していないと言うが一応しているつもりだ。俺様が本気だしたら割れちゃうし。
不服そうにひたいを撫でる優季ちゃんを見遣り、俺様は小さくため息をついた。
あー、おもしろくない。
『捕らえ合い』
遠慮するなんて
柄じゃないでしょーに
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