猿飛

□違和感
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さてと。
買ってきた食材も冷蔵庫に片付けましたし、手早く料理しましょうか。


私はめったに触ることのない料理本を引っ張り出してきて、
目的のメニューのページを開きました。
細かな字で書かれたそれを頭で整理しながら、下準備から入ります。


ちなみに猿飛さんにはリビングでお待ちしていただいてます。一応お楽しみですから、いきなりネタバレなんてつまらないじゃないですか。

とりあえず「TVを見ていてください」と言葉をかけて、さっさとキッチンへ。
もう夜の9時です、早く作らないと。


私は慣れない手つきではありますが、ひとつひとつ丁寧に過程を進めていきます。


誰かのために料理を作るなんて、小学生以来ですね。



私は調理実習で感じた妙なワクワク感を思いだしながら
包丁を握りました。







************





俺様は今、りびんぐに一人ぼっち。

優季ちゃんが俺様のために夕餉を振る舞ってくれるそうだ。
何度も「ここで待っていてください」って念を押され、わかったと返事をすればパタパタと台所へと姿を消した。

お楽しみって言ってたし、俺様を驚かせたいのだろう。


でもまあ



「優季ちゃんには悪いけど、俺様も一応忍だから」



分身を一人、監視につけた。


だってさ、毒を盛られないとは限らないでしょ?


俺様達が出かけている間に、分身にこの家の中を隅々と調べさせた。
特にこれと言って危険そうなものは無かった。

けど、だからと言って信用できない。
この時代にある物が己に害を与えない可能性なんて、ありはしないのだから。


俺様は分身との疎通で優季ちゃんの行動を把握する。
見張られているなんて気づくはずもなく、黙々と調理をしていて。



「ごめんね」



投げた言葉は誰に拾われるでもなく
空気中に溶けて消えていった。







てれびという箱を眺めてしばらく、「よし」という彼女の声。

料理が完成したらしい。


それからすぐにパタパタと走る音が近づいてくる。
俺様は何にもなかったかのように箱に視線を落とす。

それと同時に扉が開き、
慌てた様子もなく、代わり映えのしない表情で彼女が現れた。



「夕しょ…夕餉の支度が出来ました」


「俺様お腹ぺこぺこー」


「お待たせしてすみません。どうぞこちらへ」



優季ちゃんが俺様をちょいちょいと招く。
彼女の足取りに合わせて着いていくと、ほのかに漂ってくる香りに俺様の鼻はくすぐられた。


案内された部屋には、分身を通して見た料理が並んでいて。

優季ちゃんに席につくよう言われ、大人しく従った。



「これは見ての通り、和食です」


「そうだね、すっごく豪華。あっちじゃ考えらんない」


卓上には
真っ白な飯と豆腐のみそ汁、焼き魚に野菜のおひたし。それからまだ湯気立つ卵焼き。
小鉢にはカブラの漬物が添えられていた。


優季ちゃんが「何を作るか迷ったんですが…」と口を開く。


「日本人に馴染みがある和食なら、お口に合うかと思いまして」


「ま、忍風情が食べられるようなものじゃないけどね」


ありがたやー、と拝んでいると優季ちゃんも席につく。

そして手を合わせて「いただきます」と言ったので、
俺様もそれを真似して「いただきます」と言った。

彼女が箸を進める様子をじっと見つめる。


「…ん、こんなものですかね。久しぶりにちゃんとしたものを作りました」


「久しぶりって?」


「普段は料理しませんから。サプリで済ませたり…あ、お薬のことですよ。
それから漬物だけポリポリしたり」


「うわあ、そんなの身体に悪いでしょ」


「慣れました。今はもうそれが普通ですから」


何の問題もありません。


そう言って彼女は食べ物を口に運ぶ。まるで作業みたいに放り込む姿は、なんかのカラクリみたい。


本当に顔に出ない子だな。


ついマジマジと見てしまう。
すると彼女は視線に気がついたのか、「何ですか」とこちらを見る。


それから、ああ…と小さくこぼした。



「毒味、します」


「え、あ…」


「すみません、信用してもらってるみたいな態度を。厚かましいですね。つい調子に乗ってしまいました」


別にそういう意味で見てたわけじゃないけど、…まあいいや。


優季ちゃんが俺様の皿にあるものを、ほんの少しだけ食べて見せる。

「こういうの、失礼かもしれませんが」
と口に運んでは、毒が入っていないことを証明していった。



「…これで、大丈夫です」


「…悪いね」


「いえ」


仕事を終え、やはり無表情で自分の皿をつつき始めた彼女。


不快とか、面倒だとか
そういうこと思わないわけ?



疑問を残したまま、俺様は箸を手に取る。
そして、ゆっくりとみそ汁を少しだけ口に含む。


「美味しい」


「…そうですか」


よかったです。

そう言って彼女もみそ汁をすする。俺様も、もう一度それを口に含む。

ダシが利いていて、優しい味だった。



「毒は入ってないね」


「毒は入れていませんね」


「次の夕餉は、俺様が作ってあげるよ。とっておきの」


「毒を入れて?」


「馬鹿優季ちゃん。アンタを殺したら俺様生きてけないよ」



「…なんだか」



告白みたいですね。


冗談を言って笑う、そんなニュアンスで本人は言ってるみたいだけど
表情がそれでは何とも言えないじゃないか。

とりあえず「寝言は寝てから言いなよ」と「馬鹿言うな」って意味で釘を刺しておいた。



「猿飛さんの手料理、食べてみたいです」


「ま、簡単なのしか作れないけど。そのうちこっちの世界の料理も勉強してみよっかな」


「料理の本ならここに…あ、でも字読めませんよね」


「あー、とりあえずそこから勉強しなきゃだねぇ」



俺様は漬物を頬張りながらため息をつく。ん、美味し。






「ごちそうさまー」


「お粗末様でした。お口に合いましたか?」


「うん」


「それは何よりです。次はオムライスを作りましょうかね」


「おむらいす?」


「とても美味なるものですよ」


器を流し台に運びながら説明をしてくれる。材料を聞くだけで、本当に豊かになったものだと感心してしまう。


ここでは俺様の常識なんて通用しないんだろうなあ。痛感だね。



「猿飛さん。お湯を沸かしておいたので、お先に湯浴みどうぞです」


「んー、俺様は後でいいから。アンタが先に入りなよ」


「そうですか?…ではお言葉に甘えて」



あ、湯浴みの時は覗かないでくださいね。


取ってつけたようなその言葉に、俺様は思わず眉根を寄せてしまう。それから優季ちゃんの方を見る。

変わらない、涼しい顔。


「できることなら、貧相な身体を見られたくはありませんので」


「あはー、俺様そんなことしないし」


「はあ、そうですか」


では、そういうことにしておきます。


彼女はそう言うとカチャカチャと手早く食器を洗っていく。
時節トゲを感じたが、あえて触れないでおこう。


この言い回しもしかして
分身を使って監視してたこと

バレてる?



まさか、ね。
こんな素人…いや、それ以下の。
平和で頭がフニャフニャのこの子に
この優秀な忍の俺様が見破られるわけない。


うん、ありえない。



優季ちゃんの横顔を見遣る。

そして、どこかひっかかるものを感じながら

俺様はそれを拭い去った。




















なんか、気になる







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