猿飛

□小春日和
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私達は少し歩いてから
バスに乗って目的地へ向かいました。


そのときどきに、

「あれは何?」
「何の建物なの」

という猿飛さんからの質問に
丁寧に答えていきます。


案外大人しい猿飛さんに、内心私は安心しました。


私のお気に入りの夢小説のように

『クナイ取り出してピギャー!』

とかいう展開になられましても困りますから。

私は彼を止められる自信がありませんので。


お巡りさんにお世話になる私達の姿が思い浮かべるたびに、ゾッとしちゃいます。




「この時代はみんな西洋の服を着てるんだね」


「(西洋…なんでしょうか。)
まあたいていの人はそうですね。着物ももちろんありますけど」


「ふーん」


「猿飛さん。今から行く場所はたっくさん人がいますから、迷子にならないように気をつけてくださいね?」


「俺様を何だと思ってんの、ていうか迷子になるのはアンタでしょ」


役柄的に。


そう言われてちょっとだけムッとしちゃいましたが、
ちょっとやそっとじゃ怒りませんよ。


私も22歳という良い大人。
そんなことで頭に血を上らせる程幼くはないのです。



「え。優季ちゃんて22なの?」


「また漏れてましたか」


「ダダ漏れ。俺様てっきり15くらいだと思ってたよー」


じ、15歳はひどいです…。
サバ読むにしても
7歳も読もうとは思いませんよ。



「私、別に童顔でもありませんけど…」


「そうだけどねー。ま、あえていうなら」


胸とか?

ニッコリと笑顔を浮かべるその整ったお顔に
拳をぶつけてやりたいと思うなんて、
やはり私はまだまだお子様のようです。


猿飛さんの軽い挑発に
一瞬でも乗りそうになった自分を叱咤しながら
私達はバスから降りました。




「着きました」


「でか…」


「猿飛さん、ここはある意味あなたの得意分野ですよ」


何しろ、バーゲンという名の戦場がありますからね。


猿飛さんは「意味わかんない」と言ってデパートを眺めます。

とりあえず、これ以上混む前に入っちゃいましょうか。



「まず猿飛さんのお洋服を見に行きましょう」


「うん」


私達はメンズ服が多く立ち並ぶフロアへ。

途中エレベーターに対して
不満そうにする猿飛さんでしたが、
まあそこは耐え忍んでくださいました。いい子です。




「では、好きなもの選んでください…って、選べますか?」


「よくわかんない。一番安いのでいいから、優季ちゃん見繕ってくんない?」



さ、猿飛さんが目に見えて私を頼っています!しかもお金の心配まで…。
なんて珍しいんでしょう…って冗談です、つねらないでください。


私は無いセンスを絞り出し
シンプルなシャツと、上から羽織れるものを数枚選びます。

するとお洒落な店員さんがやって来て
代わりにたくさん見立ててくださいました。


さすがはプロ。
次から次へと素敵なお洋服を持ってきます。
そしてそれらをビシバシッと
完璧に着こなし倒す猿飛さん。

制圧!制圧しましたよ!!


なんだかんだでそのフロアだけでたんまり収穫。
上下と下着も合わせてウン万円、こんなもんでしょう。


これでしばらく服には困らないだろう、と考えていますと
隣で猿飛さんがひたすらお金の心配をしていました。



「そんなに買っちゃて大丈夫?しかも全部高そうだし」


「心配いりませんよ、貯蓄はバッチリです」


軽度の引きこもりをナメてはいけません。
これと言って趣味もありませんし、どうってことはないのです。

猿飛さんは終始複雑そうな面持ちでしたが、
私は気にせず次へと向かいました。





「どこに行くの?」


「日用品を買いに行きましょう。タイムセールで、ものすごく安く手に入るのですよ」


お金はあっても、抑えられるところは抑えたいですから。


私はフンと意気込み、
猿飛さんと共に1階にある戦場へ足を進めました。






「……」


「…なんかすごいね」



私達の目の前で繰り広げられる
奥様方の攻防戦。

何回見ても大迫力です、
この中に飛び込んで生きて還れるのでしょうか。

私が戸惑っていますと、
猿飛さんがこちらをちらりと見ました。



「行かないの?」


「行き、ます」


「…無理しちゃって」



優季ちゃんてさ、人混み苦手なんでしょ?



目を細めて少し呆れた表情の猿飛さん。

私が驚いて目を見開いていますと、
猿飛さんが私の頭をくしゃりと混ぜて。



「服のお礼。待ってて」



猿飛さんは買い物の袋を私に託し、
あっという間に戦場の中へと潜り混んでいきました。




驚きました。見抜かれていたとは。


悟られないようにと振る舞っていたのですが
猿飛さんにはお見通しだったようです。


元々人混みは苦手でしたし、
特に近頃は外にも出なかったからでしょうか。

久しぶりの人酔い。

顔色が悪かったのかもしれません。


それでも、私の些細な変化に猿飛さんは気づいてくれて
気遣ってくれたのだと自覚します。


無視も出来たでしょうに。

猿飛さんはやっぱり、優しい人なんだと思います。


そして彼が瞬間に見せた表情も、本当の猿飛さんなんだと思いました。

…自惚れかもしれませんけど。
そう思いたいなんて
私自身、不思議です。



私は他人から向けられた囁かな優しさを噛み締めながら、
近くのベンチに腰を下ろしました。



猿飛さん、ありがとうございます。


彼がいるであろうその奥様方の背中に向かって小さく呟いてみました。





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