猿飛

□約束
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俺様は目の前の家主の反応に満足感を抱いた。




最初はほんの悪戯心。
この乏しい表情に色をつけてみたくなったのだ。


クナイに毒を塗っていたと嘘をつき、それを吸い出すフリをして首筋に唇を落とす。



まさかこんな簡単に騙されるとはね。



忍である自分に、無防備に首を差し出す優季ちゃん。

その警戒心の無さに
呆れを通り越し、むしろ拍手を送りたいくらいだ。


そもそもほとんど回りきった毒を吸い出すなんて不可能だと気づくでしょうに。

それとも身体からほとんどの血液を吸い出させるつもりだったのだろうか。


思わず笑ってしまう。



きっとこの子は命が危険に晒されるだとか、
そういった類の感情を抱いたことも無いのだろう。


…当たり前か。

俺様が生きてた時代なんかより、ここはずっと平和なんだろう




けど。


安全で麻痺した彼女と、日々命のやり取りをして生きる己…どちらが幸せなのだろうか、なんて。


俺様はその首筋に舌を這わせながらそんなつまらないことを考える。
答えなんて、出てきやしないのに。





チュプとみずみずしい音を立てながら丁寧に傷口を嘗めとる。

彼女の顔は見えない。
しかし時に震える身体に、思わず笑んでしまう。


一応人間なんだなー、なんて
当たり前のことが頭に浮かんだ。



しばらくして、我慢できなくなったのか

まだか?と問われ、そろそろいいかなーと唇を離す。


ゆっくりと前を向いた彼女は涼しい表情。
だがほんの少しだけ涙目になっているそれに、何とも言えない充実感が俺様を支配して。
じっと高ぶる気持ちを抑えた。


そして彼女に満面の笑顔を添えて種明かし。

彼女はすぐに理解できなかった様子で
補足説明を加えるとほんの少し眉根を寄せた。




「悔しい、です。」


「あはー、優季ちゃんてば本当にお馬鹿さんだよねぇ。よく今まで喰われずにすんだっていうかさ」


「…猿飛さん、この世界でそういった行為を余所ですると罪になりますから、気をつけてくださいね。」



誰がこんなこと優季ちゃん以外にするってのさ。


俺様が余裕をたっぷり含んだ笑顔を向けると
優季ちゃんはどこかげんなりしているようで。




あー、これから楽しくなりそう。



元の世界へ帰る方法を探しながら
この鉄仮面をじっくり剥がしてやるのも悪くない。


当然、俺様がそんなことを考えているなんて
優季ちゃんは微塵も気づいてないだろう。

呑気に傷口に触れて「熱い」とか呟いてる。



ま、変な動きなんかしたら始末しちゃうけどね。



仕事柄、疑うなと言うのは無理な話だ。
いくら優季ちゃんがとんでもお馬鹿さんだとしても
俺様が生涯信用し仕えると誓ったのは旦那と大将だけ。

それ以外はありえないし、あっちゃいけない。


でも娘一人にこんな危惧するってのもおかしな話だよね。

なんて仕事熱心な俺様。

忍の鏡とは俺様のこと、あはー。って誰に言ってんだか。





「ところで猿飛さん」


「はいはーいっと、どうかした優季ちゃん」


「突然ですが…ここでお互いがより良い生活を送るために、ルールを作りたいと思います」


「るーる?」


「掟みたいなもんです。一緒に暮らす以上、最低限の決まりがあった方がいいかと。」


「んー、そうだね」


「それでですね。今パッと思い付いたものが3つありまして」



聞いてもらえますか?



俺様がうんと頷くと、優季ちゃんが「ありがとうございます」と一礼した。


ずーっと思ってたんだけど
優季ちゃんて律儀というか、固いというか。

喋り方もそうだけど
えらく他人行儀なのはこの子の性格からなんだろうか。
この時代の人って皆こうなの?




「えーとですね、まずは1つ目。


『暴力はやめましょう』


痛いのはやはり嫌です。不満や言いたいことがあるなら、話し合いの時間を設けませんか?」


「わかった」



うん、さっきのことしっかり根に持ってるよね。まあいいけど。



「では2つ目


『家事は協力してやりましょう』です。」


「家事なら俺様得意だよ」


「ふふ、頼もしいです。あとで器具の使い方とか、いろいろ教えますね。」


「りょーかい」


「それから3つ目なのですが…」



優季ちゃんは一拍おいてから
ゆっくりと口を開いた。






「…忘れました」


「え、嘘でしょ」



「すみません、2つでお願いします」



そう言って優季ちゃんは頭を下げる。



何だろ、違和感。





でも




「そ、わかったよ」




俺様は気づかないふりをした。



彼女の瞳が曇った理由とか、困ったような声音とか



それに気づいてしまった自分、とか。











踏み込む必要なんて、ない。





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