猿飛
□来訪者
1ページ/1ページ
.......
寒い、寒い日のことでした。
わりと暖かい日が続き、もうそろそろ春かしらなんて考えていた今日この頃。
天気予報のキャスターさんが「明日は小春日和!」なんて言うものですから、私は意気揚々と春用の服を引っ張り出しました。
なのに
「さ、寒い…」
何が『小春日和』ですか。めちゃくちゃ寒いではありませんか、むしろ今年一番の寒さをヒシヒシと感じるのですが。
私は辛うじてホットカーペットを引きずり出し、その上で毛布に包まる次第です。
本当ならば久々に町に出かけようか…なんて、ヒッキーの本気を発動しようとしていたのに。
私は深い深いため息をつきます。
そんな時でした。
カツン
小さな物音、ほんの些細な音。
普段なら気にもしません、というか今もそれ程気にはしていないのですが…
ただ、そこから生まれた静寂があまりにも冷めていて。
私は?を浮かべて物音がした部屋に目を向けました。勿論寝転がったままです、寒いですから。
それからしばらく見つめて、なんとなく、本当になんとなくですよ。
「どなたですかー」
なんて声をかけてみました。いや、いつもならしませんよこんなこと。
ただ、声をかければ誰か話し相手でも出てくるんじゃないかって。まあ泥棒さんはご遠慮したいところですけど。
一人暮らしが長いと、声を出すことも指折り程になりました。まだ声出るんだな、私。
なんて考えながら、そんな数少ない声をドアに投げてみます。
シン、当たり前ではありますが返事なんてもの返ってくるはずもありません。
私は自嘲気味に笑い、再び毛布にくるまりました。
ああ、馬鹿ばかしい。
誰も居やしないのに。
そう思ったときです。
「アンタ、どこの回し者?ここは何処」
ヒンヤリと空気が凍った気がしました。
そして、私の背後(というか真上ですかね、私俯せ状態ですし)から低く、耳障りの良い声が降ってきます。
私は身の危険を感じるよりも先に、どこかで聞いたことのあるその声の主を頭の中で探してしまいました。間違いなく聞いたことのある声ですけど…。
あれ、本当に誰でしたっけ?
「…さっさと答えなよ、俺様暇じゃないんだよね」
「俺様…」
自分のことを俺様何て言う痛い知り合いは残念ながらいません。
私は恐怖なんかより好奇心が勝り、身じろぎしてその人の顔を見ようとしました。
首元に何か冷たい物が突き付けられていますが、気にやしません。
「アンタ首跳ねられたいの?そんなに死にたい?」
「死にたくはありませんけど。あなたが誰か知りたいだけです」
「知る必要は無いよ、状況把握もできないなんて馬鹿じゃないの」
「…確かに頭は、よくない方だと思います」
悲しいことに、私は今身体が動かないようにのしかかられた状態です。腐っても女の子である若い娘を跨ぎ押し潰すなんて、酷いお人ですこの方。
私は身動きが取りたくて仕方ないので、この人の言う通りにしようと試みることにしました。
「ここは私の家です。四国にある、何の変哲もないとある田舎にある…」
「四国?」
男の方の声が一層低くなります。怪訝そうな声で、「四国…」と何度か呟いています。
「じゃあ何、アンタ鬼の旦那んとこの人間なわけ?」
「鬼…?いや、私未婚ですが」
「…。」
「…。」
何か的外れなことを言ってしまったのでしょうか?
男の方はため息をついて、馬鹿じゃないのと私の頬を冷たい何かでペシペシ叩きます。あの、地味に痛いんですが。
「頭のゆっるいアンタのためにもう一度言うよ。アンタ、長曽我部の旦那んとこの人間?」
「長曽我部……ああ、長曽我部元親さんですか?」
「そう」
当たりました、やりましたよ!
「で、私がその長曽我部さんと何か関わりがあるか…ということですよね」
「…何度も言ってるでしょ」
「あるわけないじゃないですか」
「は?」
「だから、長曽我部さんと関わりなんかありません」
だって戦国時代の方でしょう?
関わりあるわけないじゃないですか。
私がそう言うと、男の方は黙りこんでしまいました。
身体の節々が痛くなってきたのでそろそろどいて頂きたいのですが…
私ははぁと本日2回目のため息をつきまして、ぐてーと身をカーペットにくっつけます。あ、眠くなってきました。
「ねぇ。」
「…………はい」
「ちょっと、この状況で寝るなんて相当肝据わってるよね。ていうか変わってるよ」
「よく言われますから…慣れましたよ」
「だろうね…。で、聞きたいんだけど」
何ですか?私はカーペットと睨めっこしながら返事をします。
男の方の、どこか緊張したような息遣いが耳に残った気がしました。
「ここは、戦国の世?」
私は、この質問に含まれる期待を踏みにじることになってしまいました。
『寒い日に来訪者』
(顔、見たいんですけど)