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□お隣さん
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 メモを机に残し、波風さんの家を出たときにはもう太陽が真上になっていた。久し振りに帰るアパートへの道をのんびりと歩いて行く。
 
 私は数年前に一人暮らしを始めた。きっかけは任務で遅くなったり、怪我をしたときに両親に心配をかけたくなかったから。こうして離れて暮らしていれば、少しは誤魔化せるだろうと思ったのだ。実際は上手く隠せているのか自信はないのだけれど。

 トントントンと階段を上ると、突き当たりから二番目に私の部屋がある。隣の部屋の前に人影を見つけて、私は声をかけた。

 「おはよう、カカシ君」
 「あ…」

 お隣さんの、はたけカカシ君は驚いたような声を漏らして固まってしまった。彼がこんな顔をするなんて珍しい。

 私よりも年下なのにもう上忍だというカカシ君は、あんまり感情を表に出さない人だ。挨拶くらいしかしたことがないけれど、いつも同じような顔をしている気がする。それに顔を覆うマスクのせいで、余計に表情が分かりづらいのだろう。 

 「どうしたの?」
 「……」

 じとーとした目線を向けられ、内心たじたじしながら首を傾げる。

 「これから任務?」
 「ええ。そっちは朝帰り、というより昼帰りってところですかね」
 「え?昼帰り…………あっ」

 カカシ君の視線を追った私は、小さく声を上げた。

 「ち、違うって。これは借りただけで全くの誤解だよ」

 着ていた男物の服と帰ってきた時間帯のお陰で、とんだ勘違いをされているらしい。借りた服を着たままだったことは今の今まで忘れていた。それと後で波風さんの家に服を返しに行く、ということを書き置きに残すことも忘れていた。
 
 「へー、そうなんですか」

 全然信じていないようで、かなりの棒読み。視線も心なしかひんやりしている気が……。

 ぶんぶんと首を横に振って否定したけれど、効果はないみたいだ。
 
 「ほ、本当に誤解だからね」

 弁解を諦めた私はそう言い残すと、慌てて鍵を開け自分の部屋に逃げ込んだ。


 「こんなことならちゃんと着替えてくればよかった」

 後悔先に立たずとはこういうことを言うんだろうなと、数十分前の自分を恨みたくなる。さっきは恥ずかしくなってつい逃げてしまったけど、今度会ったときはちゃんと誤解を解かないと。
   
 そんなことを考えながら玄関でサンダルを脱いでいた私は、その格好のまま急にピタリと止まった。今まさに思い出したことがあったのだ。

 「銀髪……マスク!」

 さっき見たカカシ君の顔と、波風さんの家で見た写真に写っていた少年の顔が重なる。
つまり、二人は同一人物だったのだ。写真は今より前に撮られた物だったみたいで、少し幼い顔立ちだったけれど確かに同じ顔をしていた。

 どうりで見たことがあると思った訳だ。でも、お隣さんの顔を忘れていたなんて、とても申し訳ない気持ちになる。元から人の顔を覚えるのは苦手な方だけど、会ったことのある人くらいちゃんと覚えるようにしよう。一つ、新しい目標が出来た。


 「……カカシ君って、波風さんの教え子だったんだ」

 波風さんの知り合いを見つけて少しだけ胸がわくわくしていることに、私はまだ気がついていなかった。

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