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□7月7日…雨
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外からは止む事ない雨音が聞こえる。
六道骸は眉間にしわを寄せると、溜め息を吐きながら部屋のドアを開けた。
ボンゴレが用意しただけあって部屋は悪くはない。
だが、この部屋に帰ってくるのも数週間振りだ。
部屋は静寂を守り、雨音だけが耳に残る。
こんな夜は酷く気だるくなる。
「まったく、何て仕事を押し付けてくれるんだか…無茶言いますよ。しかし、何ヵ月会ってないと思ってるんでしょうねぇ。」
仕事を課せたケジメなのだろうが、イタリアを離れる日すら余裕な顔を崩しやしない。
憎たらしい。
「会えないのなら、君の顔なんか忘れてしまいたいですよ…」
そうすればきっと清々する。
頭に焼きついて離れない姿も
耳に残ってしまった甘い声も
鼻に残って消えない君の香りも忘れてしまえば…楽だろうか?
「…っ。」
腹立たしい。
憎むべき相手を、こんなにも求めてしまうとは。
「愚かですね、焦がれるのは僕ばかりですか。…殺してやりたいですよ、君なんか」
目を覆うように手を当てて、倒れるようにソファに座る。
ボンゴレの任務など、どうでもいいのに。
「身を削る部下に、褒美一つも寄越さないなんて…働くのが当たり前とか思ってるんですかねぇ…馬鹿馬鹿しい」
頭に浮かべた困った笑みの男に半目を向けた。
帰ったらどうしてやろうか?
こんな遠い国で面倒な仕事を押し付けた、愛しい恋人をいたぶってやろう。
そう目を瞑りかけた瞬間、部屋に置かれた電話が鳴った。
プルル―…プルルル―プッ…
一瞬無視してやろうと思ったが、そうもいかない。
何故なら、相手は多分―…
「…はい」
受話器を耳に当てれば聞こえてくる、愛しい人のじゃれた声。
『おっ、電話でた。暇なの?』
「…馬鹿言いなさい。君の無茶な注文でちっとも進みませんよ。なんなら電話切りましょうか?」
『わっ!!わっ!!待って待って!切るな!!珍しく電話が繋がったんだから』
くすくすと笑う声に眉をぴくりと上げる。
切れと言われても切れる筈がない。
この声が聞きたかったのだ。
自分らしからぬ思考に、いよいよ疲れが溜まっているのだと溜め息を吐く。
「…なら、もう少し可愛い事言えませんか?開口一番に色気もクソもない。」
『何?ロマンチックな方がいい?』
「おや。君にそんな事言えるんですか?クフフフ、期待してませんよ」
『可愛くないなぁ…お前』
「貴方に言われたくありません。」
いつになく余裕な彼に首を傾げる。
こんなにも余裕な彼の声を聞くと、なんとも虚しくなるのは惚れた者の弱味だろうか。
本当に憎らしくて仕方ない。
『なぁ…今日七夕なんだ。年に一度、離ればなれになった恋人が逢瀬できる日なんだけど、知ってた?』
「…は?」
少しだけ声を落ち着かせた綱吉の声に、骸はパチリと瞬きをした。
何故いきなり七夕?
言うにかけてそれか?
大体、七夕なんか興味はない。
そもそも自分が愛しい恋人に会ってもいないのに、星の逢瀬など限りなくどうでもいい。
「…あぁ。そう言えば、日本ではそんな日がありましたね?」
投げやりに返事をして、骸は足を組む。
目にかかった髪を乱暴に掻き上げると、苛立ちながら窓の外を見る。
雨が窓を叩きつけ、空には星1つない、そんな夜。
『うん。でも…今日は雨だ』
「…はぁ。雨。ですね…それが?」
『雨だと会えないって言われてるんだけど…本当に好き同士なら絶対何らかの努力はするんじゃないかなぁって』
「は?」
七夕の話を真面目に話す綱吉の意図がまったく読めない骸は、思わず間の抜けた声を返した。
だから?
それが?
どこぞの星の恋愛より、今は遠く離れた自分達では?
呑気な声で話す綱吉に、ぴくぴくと米神が動く。
『いやさ…俺がその立場なら、死ぬ気で飛んで行くもん。雨が降らない場所まで飛んで、飛んで…雲を抜けて、綺麗な景色を一緒に見たい』
「…情熱的な織姫ですねぇ」
何やらベラベラと話しているが、ならそれを自分に実践してみなさい!と怒鳴りたい気持ちをぐっと我慢しながら、嫌味を言ってやる。
『えっ!?俺姫なの!?』
まじで?俺が姫かぁ…とブツブツ楽しそうに言う彼に呆れ半分に息を吐く。
好きという甘い感情だけで会えるわけがない。
そんな事は知っているのだ。
認めたくないが、この男はボンゴレという組織を背負っているのだ。
書類の山を前に、うんうん青くなって唸る彼の姿を思いだし目を閉じる。
あぁ。理想ばかりだ。
「…しかし、そんな熱烈に愛される彦星は羨ましいですね。ですが…今の君が言っても説得力もなにもない」
『…何でだよ?』
「ドン・ボンゴレ。今僕がいるここに、…数百万キロを越えて会いに来てからおっしゃい。」
『うーん…そしたら信じる?俺が熱烈な織姫だって。』
出来る筈ない。
これだけの距離を越えて、君が僕に会いに来るなど出来やしないでしょ?
距離も、立場も、境遇も、天気さえ味方しないのだから。
「クフフ。えぇ、信じましょう。ですが君の立場で『なら、後ろ見て。』
目をパチリと瞬かせる。
(後ろ?)
後ろには何があるというのだ。
この静かで小さな部屋には、窓とベットと、小さなソファしかないというのに。
「はっ?何です?うしろ…」
眉をぐぐっと寄せ、怪訝な顔をした骸が受話器を持ったまま後ろを振り向くと、そこには―…
「どう?信じた?彦星さん」
よく出来た幻覚かと思うほど、すぐに信じる事が出来なくて、息をする事すら忘れてしまいそうだ。
受話器から聞こえていた愛しい声が後ろからも聞こえて、目に映るのは間違いなく憎らしい男だ。
あぁ、やられた。そう思う。
満足気にへらりと笑った彼は、耳に当てていた携帯電話を外し手を広げる。
「会いに来たけど、ハグしてくんないの?」
くすくす笑う彼のスーツが濡れていて、
跳ねた髪から雫がポタポタ落ちている。
肩で息をする彼を見たら堪らない。
馬鹿な男だ。
これ以上馬鹿な男は他にいないほど。
だけど、こんなにも愛しい男も他にいない。
「…あ、雨でも、会えるものなんですね」
そう呟いて、彼に駆け寄り抱き締めた。
「会いたかった…君に」
「ふふふ、俺もだよ…ばーか、骸のバカ…バカ」
耳元で囁くと、綱吉が胸に顔を埋めた。
雨に濡れたその身体が、少し冷えている。
それが堪らなく嬉しくて、柄にもなく優しい口付けを交わした。
7月7日、雨。
それでも織姫は会いに来る。