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「遅い!何してたんですか?」

読んでいた小難しい本を乱暴にパタンと閉じた少年は、茶色のフワフワした髪の少年を睨み付けた。

「ご、ごめん…骸」
「まったく、僕も暇じゃないんですよ」

フワフワした茶色い髪に下げられた眉の少年…沢田綱吉は、象の滑り台に座り足を投げ出している六道骸を見上げる。
青いチープな作りの象の滑り台に身長も高く、ガタイも良い、容姿端麗の男が座っているのは、なかなかアンバランスな光景だ。

「あ、ほら!!ねっ!!骸!俺、遅れちゃったから、お詫びに肉まん買ってきたし!一緒に食べようよ」

「…人を待たせてる自覚があって、コンビニに平気で寄ってくる君の頭の中を見てみたいですよ」

待ち合わせに遅れている自覚はあったが、手ぶらで「遅れた」と謝るより何となく貢ぎ物があった方がいいと思ったのだが逆効果なようだ。

差し出したホカホカの湯気が立つ肉まんをじっと眺めているオッドアイが怖い。
骸の眉がぐぐっと寄っている様が怖い。

「僕なんか、生徒会を早く終わらせて来たんですからね…まったく」

「う、ごめん…」

肉まんを奪うように受け取って口にくわえた六道骸は、本を持っていない方の手を綱吉に差し出す。

「うえ?」

「ほら、手」

どうやら骸の手を支えに象の滑り台に上がれという事らしい。
伸ばされた大きく形のよい手を眺めて唾を飲み込んだ。

(手…とか言われても…)

目が泳ぐ。
昔なら、なんの躊躇もなく触れられた手なのに。
幼い頃は骸がよく手を繋いでくれた。
温かくて、自分より少し大きな手。
だけど今の自分は…あの頃のようにはいかない。
だって、手を差し伸べてこちらを睨んでくるこの男に恋をしてしまったから。

「…何してるんですか?」
「はっ!いや、うん!大丈夫!大丈夫!!もう一人で登れるし!!」

骸の手を無視して、象の滑り台に短い足を精一杯に伸ばしてよじ登る。

「可愛くないですね」

すぐ横で機嫌の悪そうな舌打ちが聞こえるが、聞こえないふりをした。

骸の隣に座り、自分の鞄からガサガサともう1つの肉まんを取りだし口に運ぶ。
口に運びながら、ちらりと隣を盗み見した。

(綺麗な顔…)

骸の眉は不機嫌に寄ってはいるが、赤と青の瞳も、形の良い鼻も、薄い唇も…とても綺麗だと思う。

「何見てるんですか?」
「は、いや!別に!!」

慌てて前を向きながら肉まんを頬張る。

幼い頃から遊んでいた筈なのに、時を重ねて成長していくのが悲しいと思う。
成長するのは自分も同じなのだが、何故か置いて行かれる気分になる。

毎日一緒にいた骸の年齢が、綱吉より1つ上だと知ったのは骸が中学に上がる時だった。
公園で毎日のように会っていたけれど、並盛りと黒曜では学区が違い、小学校も別だった。
だけど綱吉にとって、骸に会えれば年齢や学校の違いなど全く興味がなかった。
学校が終わって、いつものようにこの公園に来れば骸と会えたからだ。

いつからか習慣になっていた骸との待ち合わせに変化が出てきたのは、骸が深緑の制服に姿を包んでからだった。

小学生の綱吉と中学生の骸とでは、授業の時間帯が変わってくるのは仕方ない事なのだが。

一度だけ骸が大分遅れて来た事がある。
その間綱吉はひたすら骸を待っていた。
空が夕焼けから薄暗く染まり、辺りが暗くなってもあの日のようにトンネルに入り込みながら骸を待ち続けた。
色鮮やかな玩具が黒に染まるのを眺めながら、今日はもう来ないかもしれないと考えて泣きたくなった。
気持ちが弱っている時ほど、悪い想像はリアルさを増していく。
骸は、もしかしたらずっと来ないかもしれない。
子供の綱吉より、他に友達が出来たのかもしれない。
その子と遊んでいて、自分を忘れてしまったかもしれない。

そんな不安が胸に渦を巻いて苦しくなった。

平均より小さい綱吉だが、5歳の頃よりは成長している。
トンネルには、体を屈めないともう入れない。
広かったトンネルが狭く感じるほど時は過ぎて行くのだから、骸が成長の過程で綱吉を忘れていくのも仕方ないと頭では思うのに。

(苦しい)

膝に顔を埋めた時、あの頃より低くなった声がトンネル内に響いた。

「まったく…馬鹿ですか?」

その声に顔を上げると、深緑の制服を着た骸が肩を上げ下げし、微笑んでいる。

あぁ…走ってきたんだ、俺の為に。

そう思った瞬間、大粒の涙が流れてきた。
一瞬驚いた顔をした骸が、穏やかに笑ったのを覚えている。

(そりゃぁ、そうだよ!!だって、俺一応小6の男子だぞ!!!は、恥ずかしい!!!)

小6で泣き出した事実は綱吉にとって忘れたい過去なのだが、骸がとても綺麗に笑ったものだから忘れる事が出来ない。

(弟…みたいなもんなのかな?やっぱ)

その日から骸は、綱吉の待ち合わせに遅れて来た事がない。
綱吉が中学生に上がってからは、追試やら先生の呼び出しやらで待ち合わせに遅れるのは、もっぱら綱吉の役目になった。
それでも、どんなに綱吉が遅れようが骸は必ず待っている。
綱吉にはそれが嬉しくて切ない。

「あぁ、そう言えば君。この前盛大に転んでましたね」
「んぶふっ!!」

危なく喉に流し込んだ肉まんを吐き出すところだった。

「な、何で知って…」
「君、見つけやすいんですよ?昔から『かくれんぼ』は苦手でしょ?」

クフっと、特長丸出しの笑い方で小馬鹿にしたように笑う。

「べ、別に苦手じゃないよ…だし、骸以外はみんな俺を見つけれない訳だし!寧ろ得意なんじゃない?」

「クフフフ、探されないのは『隠れている』とは違います」

「な、それは…そうだけど」

「君の考えてる事なんて丸分かりなんですよ」

そう微笑まれて、心臓が高鳴った。
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