□かくれんぼ
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いつだって。
どんな時だって。
必ず見つけてくれるから、手を伸ばして求めてしまう。



「あ…れぇ?鬼しゃん、まだ来ないのかなぁ…」

そこは並盛と黒曜の丁度境にある小さな公園。
青い象をモチーフにした滑り台のトンネルの中で、茶色い髪をフワフワさせた男の子が半べそをかきながら、琥珀の大きな瞳をキョロキョロと動かしていた。

「うぅ…どうしよう。つっ君帰りたい…」

沢田綱吉5歳。
小さな足を擦り合わせては溜め息をついた。
小さな公園は綱吉のお気に入りの場所だった。
普段人見知りで、内気で、泣き虫な綱吉には公園で一緒に遊ぶ相手など特にいない。
一人でお気に入りのボールを転がしては、トテトテ走ってボールを捕まえ、また転がす、何が楽しいのか分からない一人遊びを満足そうに行っていた。

だが今日に限っては、何故か公園で遊ぶ子供達に『かくれんぼ』に誘われて、満面の笑みで頷き、隠れてみたものの鬼がちっとも綱吉を見つけてくれない。
かれこれ一時間は経つ。
これだけ待って、誰も探しに来ないのだから他の子にすっかり忘れ去られているのだろうと出ていってもいいようなものだが…

「でも、つっ君隠れてなきゃ探してもらえないし…」

綱吉はとても素直な子だった。
そして、とても我慢強い子だった。
ただひたすら『かくれんぼ』のルール通りに隠れる。
しかし、忘れられたのではないか?誰も見つけてはくれないのではないか?家にも帰れないのではないか?と小さな胸に不安が見え隠れする。
それがそのうち絶望に変わり、胸に恐怖が湧いてくる。
いっその事、やめてしまえばいいとも考える。
だけど、もし自分を探している鬼がいたらと考えるとそうもいかない。

ふるふる震えながら、琥珀から大きな水がポタポタと流れだす。
小さな手で膝を押さえ、小さな小さな声で泣き出してしまった。

「つっ君…お家にかえ、れ、ない…かえれないもん…だって、でも、」

隠れていなければ、見つけてすらもらえない。
終わりが見えないかくれんぼに、いよいよ小さな胸は爆発寸前になる。
そんな時

「君。バカじゃないですか?」

自分以外の声がトンネルに響いた。
自分は一人でずっとここにいなくてはいけないと思っていた綱吉は、自分以外の存在に酷く驚き、声がした方を涙を流したまま向いた。

「鬼しゃん?…だぁれ?」

トンネルを覗いていたのは、赤と青のビー玉のようなキラキラした目だった。
綱吉と同じくらいの男の子が馬鹿にしたように笑っている。
じっとビー玉のような目が、トンネルの中で縮こまる綱吉を眺めている。
藍色の髪の毛に、ぎざぎざの分け目の上には房のようなものが見える。
独特の髪型の男の子を、涙でぼやけた目で眺める。


「鬼じゃありません。…人に名を尋ねる時は、先に自分から名乗るものですよ?」

苛立ったような声色にキョトンとした綱吉が眉を下げる。

「名?にゃのりゅ?…なに?」

「…君、本当に馬鹿なんですね?つまり、名前は?と聞いています。」

眉間にシワを寄せた男の子が半目をしながら睨み付けてくるので、綱吉は何でこの人怒っているのだろう…と不安になりながら、足をもぞもぞ動かして自信なく言う。

「つっ君…だよ?」

「…いえ、そうではなく、君の本名を…」

「だからね、つっ君ってーの!」

「…まさか、名前も言えないのですか?君、僕と年齢変わらないですよね?」

随分大人びた言葉を使う男の子と、他の子より少し言葉が苦手な綱吉とは大人と赤ちゃんぐらいの違いがあった。

「まぁ、いいですが…僕は六道骸。」

「りょくろう、むふろ?」

「何故そうなる!?むくろ!!アフロみたいに言わないで下さい!!」

「ふ、ふぁい」

話せば話すだけ相手が苛ついている事を感じる綱吉はもう泣きそうだ。
今は先程の不安が怖いわけではない。
目の前の男の子が怖い。
とにかく怖い。


「隠れてても無駄ですよ?君以外の子供はもう帰ったようですので…つまり、君は忘れられたってやつです。残念でしたね」

「ふぅぇ、」

前髪を揺らしながら愉快そうに骸は言う。
だが綱吉は、忘れられた事より隠れていなくていいんだ。と思う方が嬉しくて、お家に帰れる事が嬉しくて、くしゃりと笑う。

「何笑ってるんですか?君は忘れられたんですよ?」

赤と青の目を見開いた骸は眉毛を寄せ、呆れたように言う。

「うん?でも、むすこ?が見つけてくれたよ?」

「…むすこではなく、骸です!!それに、僕は最初から参加してません」

「んー…でもねぇ、つっ君が隠れてたら見つかるまで出ちゃ駄目だったの!!だからね、むしゅ、む、…むくろ?が見つけてくれたから、つっ君嬉しいの」

幼い丸い頬に赤みが差して、にっこり笑う綱吉を見た骸は、面を食らった顔をして少しだけ口元を緩めた。

「…僕は見つけるの得意なんですよ」

「うわぁー!しゅごいね!むくろ!!」

さっきまで泣いていた琥珀はキラキラ輝いて、骸は少し拗ねたように下を向く。

「むくろ?どうしたの?」

心配そうに覗き込む綱吉に、小さく溜め息を吐きながら綱吉の小さな手を握る。

「ほら!帰りますよ!君は僕に見つかったのだから、かくれんぼは終わりです」

グイッとトンネルから引っ張り出された綱吉の目には、綺麗に染まったオレンジの空が広がって。

「むくろ?一緒かえるの?」

「…そうですね。僕は黒曜ですが、君は?」

「にゃみもり」

「なら、途中までは送ってあげます。君は僕に見つかったのだから、大人しく言うことを聞きなさい。」

後ろを向いたまま早口で言われて、綱吉は首を傾げる。
時々振り返る骸の顔が綺麗に赤に染まっていて、夕焼けのお空みたいだ。と思った。
繋いだ手は温かくて、綱吉は骸の手をギュッと握り笑う。

それから綱吉は公園に行くのが楽しくなった。
公園に行くと骸がいる。
他の子に誘われて、放置される事は度々あったが骸が必ず見つけてくれた。
言葉は冷たいけれど、手を繋ぐと温かくて、綱吉は骸が大好きになった。
好きで、好きで、一緒にいたくて。
綱吉を見つける度、呆れながら優しく笑う骸が好きで。
大人びた仕草も、話し方も、頭がいいのも、全てが好きだった。

だけど時間は流れるもので、綱吉は平凡…より少しばかり駄目な中学生として並盛中学に。
骸は容姿端麗、才色兼備の生徒会長として黒曜中学生になっていた。

そして気付いてしまったのだ。
綱吉が抱いていた、ずっと骸に対して好きな気持ちが『憧れ』や『尊敬』、『友情』とは異なる『恋心』になっていた事を。
骸を想うと、いつも胸が少しだけ痛む。苦しく甘く痛むのだ。
駄目な綱吉と才色兼備の骸、更に男同士である二人だ。
あまりに切ない想いだった。
だけど、綱吉は骸が好きで、好きで、大好きで…側にいれるならこの『恋心』を隠してしまおうと決めた。
また赤に染まった柔らかい笑顔を見たいから。
夕焼けの帰り道を一緒に帰りたいから。

だから、この『恋心』は『かくれんぼ』が得意な骸に見つからないように綱吉の胸に隠した。

それでいいと思った。
思っていたのに…やっぱり骸は『かくれんぼ』が得意だから、いつものように見つかってしまう気もした。

いつも、
どんな時も、
必ず骸は、綱吉を探してしまうのだから。

この恋心を見つけてしまったら、骸はあの時のように手を差し伸べてくれるだろうか?


「…なんて、馬鹿だな。俺」

教室の窓から見た夕焼けが、あの日の空によく似ているから…胸が苦しくて堪らない。
14歳になった綱吉は、鞄に教科書を詰め込んで気持ちを逃がすように溜め息を吐き出した。

隠して、隠れて、きっと骸も見つけられないぐらいに…一人で『かくれんぼ』を始めよう。

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