□懇願ホワイトデー
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コンビニで目についたクマが一列に並んだチョコを自分用に手に取ってから、1時間ほどじっとチョコレートの棚を眺めていたのは何となくチョコレートのように甘い彼の姿がちらついたからではない。
別に彼の為に時間をかけたわけではない。
断じてない。

クマのチョコレートの横に並んでいた貝殻型のチョコレートを眉を寄せて手に取った。

別に彼がアサリと同じ名前の組織のボスだからという下らない理由で選んだわけではない。

断じてない。

ハートのチョコだけは、手を伸ばさなかったが為に貝殻のチョコレートになっただけだ。
特に意味はないのだ。

深いため息を吐き出して、そのチョコレートを2月14日に、彼…沢田綱吉に適当に放ってやった。
守護者と認めるには不快だが、リングを所有しているのは事実なのだから仕方ないのだ。
そう、これは仕方ない事で。
別に自分が本来の意味でのバレンタイに付き合っているわけではなく。
彼を溺愛する家庭教師の祭り騒ぎに巻き込まれただけだ。
何の意味もない。
鳥肌のたつような愛の言葉を紡いだわけでもない。
親愛の証として渡したわけでもない。
ただ、なんとなく、可愛いクロームが可愛くない対応をしただけで、仕方なしに、なわけで。
勿論他の守護者達から親愛の証をもらっているだろう彼は、自分を見つけた途端琥珀の目を見開いていて。
舌打ちと共にチョコレートを投げてみせると、慌てて落下するチョコレートを転がるように…というか、転びながら受け取る。
不機嫌そうな骸の顔とチョコレートを交互に眺めて呆けた顔をした。
暫く目をパチパチと瞬いて、チョコレートだけを真顔で見ている彼にムズムズして『要らないのですか?それなら』捨てろ。と言いかけた所で、綱吉が激しく首を振った。
茶色の癖毛がピョコピョコ動いている。

『嬉しい!有難う!!!』


へにゃと笑う彼から、目が離れるのを嫌がった為にぽかんと眺めた。
宝物のように大切そうに抱きしめられたチョコレートに視線をずらすと、その視線に気付いた綱吉が上目遣いで見上げてくるのに喉が鳴った。

『骸?俺ね、今すっごい幸せ!』

そう笑う彼の目尻は朱がのって、思わずその赤みが伝染する様で慌てて背中を向けて歩き出す。

なんだ?
そんなにチョコレートが好物だったのか?
他の守護者にも貰ったであろう彼は、その全ての人間にあのだらし無い顔を晒しているのか。
そりゃぁ守護者達はあぁも必死になるだろう。
そりゃぁ勘違いもする。
沢田綱吉が女であったなら、大層質が悪かっただろう。
ボンゴレの血筋は絶えずにいいだろうが…自分のマフィア殉滅のもくろみはなかなか厳しいものになっていたかもしれない。
守護者全員が穴兄弟なんて事になっていたかもしない、と思った所で六道骸は考えを放棄して目を半目にした。

黒曜ヘルシーランドにつくなり、クロームが花が咲いたように微笑み、赤飯を持ってきたので、とりあえず微笑み返してみた。
千種と犬が正気のない目で見上げてくるので首をかしげると、みるみる涙を溜めた犬が『骸しゃんが幸せならいいんだびょん!いいんだびょん!』と抱きついてくるので意味が分からず押しのけようとしたところで『骸様…幸せなのですね?そ、それなら…』と声が声が掛かり振り向く。
感情をあまり出さない千種までもが泣きながら勢いよく抱きついてくるので、犬と千種の頭をポンポンと撫ぜてみた。
視線を感じて視線の先を追ってみるとクローム髑髏がプルプルと震えながら涙を溜めて走り寄って抱きついてくる。
わんわん泣く3人に、この子達は何をそこまで涙に暮れているのかと考えながら『とりあえず、食事にしますよ』と微笑んだ。





それが2月14日の出来事。


2月14日のバレンタインには、その対で3月14日のホワイトデーがある。
愛の告白の返事をする、という意味あるらしいが日本で誕生したこのイベントにあまり馴染みがない骸は珍しい客人に怪訝な顔をした。

「こ、こんにちわ」

フワフワとした茶色の髪がぴょこぴょこ跳ねている。
琥珀の大きな瞳がぱちくりと瞬きを繰り返して様子を伺っていた。
じっと小さく頼りない体をした少年を眺めていたが、紙袋を手にぶら下げている事から合点がいった。

なるほど。これはこれは、律儀なもんだ。
他の守護者達にはもう渡しているのだろう。
紙袋は小さく、身長差から袋の中身がちらりと見えるが箱が1つ入っているだけだった。
頭が上がらない家庭教師のイベント好きに律儀に付き合うこの少年も、なかなか苦労しているのだろうと一瞬でも考えたが、自業自得とも言えるので同情はしない。

「で、どうしました?こんな所まで。君、一人ですか?」
「え?うん。何で?」

何で?
びくびくしながら、きょとんと首を傾げた少年に骸も首を傾げた。
そもそも自分は他の守護者のような距離に身を置いているわけではない。
ましてやマフィア殉滅を掲げ、その身体を利用すると伝えている筈だ。
敵…とまでは言わずもが、相容れない関係性であるはず。
平和を好み、恐怖や痛みを嫌う少年が一人でのこのこと来るような場所ではないし、あのアルコバレーノがよく沢田綱吉1人を骸のアジトである黒曜ヘルシーランドに寄こしたと不思議で仕方ない。

「お、お邪魔してもいい?」
「…どうぞ?」

おずおずとしたか細い声を出して、綱吉が目を逸らす。
何か他の企みがあるのかと疑ってみたが、紙袋が小刻みに震えているのを見て面白いと思った。
建物の中へ促すように手を背中に置けば、綱吉の肩が勢いよく跳ねた。
警戒した子猫を思わすそれが可笑しくて、綱吉をいつも活動の中心になる部屋へと案内した。

「ボス?」
「あ、クローム!!」

鈴の音が綱吉を見つけて嬉しそうに問いかけると、先程まで固い表情をしていた彼に喜びが見える。
走り寄り、2人で笑い合う姿は…なるほど、クロームが綱吉を同性として見てしまう程度には華やかなものだった。
手を取り合い、クロームが綱吉の丸みを帯びた頬を撫でた辺りでぎょっとした骸が綱吉を呼び戻す。

「沢田綱吉。こちらへ」

ソファを指差して自分の横を示すと、綱吉はまた固い表情に戻り、おずおずと骸と微妙な距離を取り、浅くソファに腰掛け足をモジモジさせた。
それを手掛けに肘をついて頬を支えた骸が眺めて鼻を鳴らす。
大層な差だ、と心で笑い、つまらなそうに視線を綱吉から外した。
暫くの沈黙が落ちて、空気に耐えられなくなったのか綱吉がチラチラ骸を見ながら口を開く。

「げ、元気だった?」
「そうですね…まぁ、いつもとなんら変わりはしませんよ。」
「あ、うん。そっか…」

会話は早々と終了する。
それはそうだ。
共通の話題など何一つない。
そもそも綱吉と会うこと自体が1ヶ月振なのだ。
つまり2月14日から綱吉には会っていない。
そもそも会う理由がない。
身体を狙っているのは事実だが、他にも骸には裏世界で色々調べ物もあった。
たまたま今回はその案件が思いの外忙しく、知らずに1ヶ月経っていたのだけど、本誌でもお留守なのは多大にあったのだから気にするまでの事ではないのだ…と自虐的な事を考えて、骸が遠くに視線を投げると不意に目が見開いた。
着ている深緑の制服の裾を引っ張っぱられた感覚に横を見れば、真っ赤な顔をした綱吉が震える手で裾を握っていた。

「骸はどうして平気なんだよ?」

そう小さく小さく床に視線を落とした綱吉が呟いた。
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