□魔法の言葉
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「いい加減にその顔やめたらどうですか?」

ここは沢田家。
綱吉の部屋。

「…」

ピコピコとテレビゲームの音だけが部屋に響く。

「…だから、誤解だと言っているでしょ」

鬼のような形相をした骸をよそに、琥珀を半分にした綱吉が返事もせずテレビ画面をひたすら眺める。
指を動かす音と、テレビから流れるコミカルな音が重苦しい空気を俄に引き立てる。

「…返事くらいしたらどうですか?」

眉をぐっと寄せた骸が、スタスタと歩き、テレビゲームのスイッチを足で押す。
プツン―…と音がして、テレビ画面が真っ黒になっても綱吉は半目のまま画面を見つめている。
唇が尖り、若干頬が膨らんでいるのを見るあたり綱吉の機嫌はすこぶる悪い。

「だから、あれは偶々だと何度言ったら分かるんですか?」

ふうと深い溜め息を吐き出した骸は、藍色の髪を掻きあげると眉を寄せた。
そのため息にピクリと肩を揺らした綱吉が、ちらりと骸を睨み付ける。

「…何ですか?その態度は」

「別に。…ただ、お前ってやっぱ意味わかんないと思って」

すくりと立ち上がってベットへとダイブした綱吉は顔を伏せたまま動かない。
ふわふわ揺れる茶色い髪を見つめながら、骸が目を細める。

そもそも何故こんな事になったのかと思い返せば、酷く下らない理由に思えて舌打ちしたくなる。
黒曜での帰り道、犬、千種を連れていつものようにアジトへ向かう途中だった。
犬が下らない話をし、千種がそれに面倒臭く相づちをうっているのはよくある光景で、その騒がしい声を聞きながらぼんやり歩いていると、知った声に名前を呼ばれ振り返った。

まぁ、そこまでは何の問題もない普通の話。
しかし偶然の悲劇とは簡単に起こるもので、振り返った先で息を切らしたMMがよろついた足を絡ませ胸に飛び込んできたのだ。
その瞬間犬と千種、胸の中にいるMMの時が確かに止まった気がするが、それはまぁ別にいい。
問題はその後だ。

『あー…と、ご、ごめん。骸ちゃん』
迷彩柄のTシャツをくしゃりと握って体をゆっくり離したMMの顔が若干赤く染まっていた事に目を剥いた。

(おや?随分初々しい反応をしますねぇ。あのMMが?まるで生娘だ)

意外な反応を見て、若干気を良くしたのは確かな話。
なら少しからかってやろうと思い立ったのだ。
ゆっくり離れていく手を掴むと、MMが声にならない声をあげたのが楽しくて、思わず口角が上がった。
目を見開いているMMの顔は真っ赤に染まり、それがおかしくて耳元に口を寄せたのだ。

しかし、その瞬間―…鈴を転がしたような良く知った声がして顔を上げた。

『…骸様』

『クローム、と…ボ、ボンゴレ?』

眉を寄せて少し混乱したような顔を向けているクロームと、にっこりと笑顔を浮かべた恋人の姿がそこにあった。

一瞬嫌な汗がふきだしたが、やましい事は何もしていないわけだ。
現に、綱吉だってあんなに朗らかに笑っているじゃないか。

…目はまるで笑ってはいないけれど。

『あ、あの…ボンゴレ、これはですね』
『あー…いいよ。ごめんね?邪魔して、ってか、お前最低だ。』

冷めた目とはこうゆう事を言うのだと、身を持って体験してしまっては仕方ない。
やましい事などないが、あのまま放置するのも些か気が引ける。

だから今こうして恋人に会いに来たと言うのに、恋人―…綱吉の態度ときたら。

「あのねぇ。あれはただMM が転びそうになったのを受け止めただけでしょ?」

恋人の可愛い嫉妬は嬉しいものだが、話しかけても無視され、此方を頑なに見ようとしないのは流石に気に食わない。

呆れたように呟けば、伏せていた綱吉がガバッと勢い良く起き上がり枕をバシバシ叩き、骸に投げつけた。

「だぁぁぁぁ!!なんなの!?何でお前がさっきから偉そうなの!?」

「…っ!危ないじゃないですか!!偉そう?どこがですか!?きちんと説明してるじゃないですか!大体、転びそうになったのを受け止めただけでそこまで怒りますか?子供じゃあるまいに」

「は?…っはぁぁぁぁ!?お前は受け止めた女の人の手とか握って、顔とか近づけたりして、き、キスしようとすんのかよ!?」
「キス!?僕がですか?誰に!?」
「MMにだよ!馬鹿!!今さら知らばっくれてもダメだからな!!」
「キスなんかしません!!あれは、ただ耳元で囁こうと、「なお悪いわ!!なんなの!?変態なの!?馬鹿なの!?何してくれちゃってんの!?あんな状態で何言おうとしたんだよ!!」

「ちょっとした悪戯じゃないですか!」
「い、い、悪戯ぁぁぁぁ!!おまっ!俺が知らないとこでお前そんな事してんのか!!お、お前がそのつもりなら、俺だってなぁ!「は?俺だって何です?」

ベットでギゃぁギゃぁと顔を真っ赤にした綱吉が、ハッとしたように口を覆う。
それを見ていた骸が、赤と青の瞳を細め腕を組んだ。

「…君、今何を言おうとしました?俺だって何ですか?」

あからさまに機嫌を損ねた骸が、ゆっくり綱吉に問いかける。

俺だって?冗談じゃない。

一瞬琥珀をさ迷わせた綱吉が、下げた眉をぐっと上げ骸を睨む。
気弱な彼にしては珍しい行動に、片眉を上げた。

「む、骸が怒るのは筋違いだかんな!お、お前がそんなんなら俺だって、」
「ほぉ。…何をしでかそうと言うのですか?不愉快な事言わないで下さいね」

にっこりと微笑みながら綱吉に近づく。
まったく馬鹿らしい。
こんな事でいったい何をしでかそうと言うのか。
こんなにもこの僕が頭を下げていると言うのに。


「う、うるさい!!お前に関係ないだろ!!お、俺だって他の人とキス…っ!!」

綱吉の手を掴み、引き寄せ、唇を合わせる。
琥珀が見開き、細められ、揺れるのを確認して唇を離す。

「不愉快な事を言わないで下さいと言っているでしょ?」

そう言って片足をベットに上げて、丸みのある頬を撫でると綱吉が眉を下げぷいと顔を背ける。

「骸は、狡いよ…。だって、お前はそんな事言ったって、俺以外にだって平気で…、MMさんにキ、キスしようとしたくせに…俺にはダメとか、意味わかんない」
「…キスなんかしてません。まったく、いい加減にしなさい」

顎を掬って目線を合わせると、綱吉の眉がどんどん下がり唇が尖る。
視線をキョロキョロ動かし、うー…と唸る綱吉を眺める。
納得はしているのだろうが、意地が首を縦に振る事を邪魔するのだろう。
気弱な恋人は、意外に頑固な所があるのだ。
それならばと骸は目を細める。

「…分かりました。今日のところは帰ります。」
「えっ、?…う、うん。」

ベットから足を退けて、窓へと移動する。
こんな時は何を言ってもダメなのだ。
ちらりと綱吉を見ると、下を向いたまま布団をもじもじと弄っている。
窓枠に足を掛けたところで、机に置いてある紙を見つけ骸は足を床に下ろした。
机にある紙にペンを走らせると、その紙を二つ折りにする。

「ボンゴレ…とりあえず僕の言い分はここに書いておきます。」
「…言い訳だろ?」
「クフフ。言い分ですよ」

プイと横を向いた綱吉が、骸を横目で見る。
その様子に苦笑いを浮かべた骸が、再び窓枠に足を掛ける。
「では、ボンゴレ。Arrivederci」

窓から飛び降りるようにして消えた恋人の姿を、ベットからぽやっと眺める。
眉を下げ暫く部屋の中を見渡した後、ぷくりと頬を膨らまし頭をガシガシ掻くと腰を上げる。

ヨタヨタと歩きながら、半目で骸が置いて行った二つ折りの紙を見下ろす。
手を伸ばして、あと少しで紙に触れるか触れないかの距離で首を捻り、またベットにダイブし、じっと二つ折りの紙を見る。
プイと布団にくるまるが、また起き上がり二つ折りの紙を見る。
許す気はない。
あの光景を見た衝撃が分かるだろうか。
恋人が異性を抱き締め、手をとり顔を寄せていた。

(…骸の馬鹿)

キツめの顔立ちをした美人なMMは骸にとても良く似合っていたから、一瞬声を掛けるのを躊躇ってしまった。
クロームが声を掛けた時、慌てて笑顔を貼り付けたのを骸は知らないのだ。

机の紙を気にしないようにすればするほど、気になってしまうのは何故なのか。
綱吉は眉をぐぐっと寄せ、はぁとため息を吐く。

許してやらない。
どんな言い訳だろうが許してやるもんか。

そう思いながら、頭をぐしゃぐしゃと掻いて「だぁぁあぁぁぁあ!!!」と叫ぶと布団を投げ飛ばし、机に置かれた紙を開く。

許す気はない。
どんな言い訳も。
どんなに謝ったって許してやるもんか。

紙を開き、半目で文字を追っていくと琥珀の瞳が見開く。

「…ったく。あいつ、」

鼻をポリポリと掻いて、小さくため息を吐いた。

あんな憎まれ口ばかり言うくせに、肝心な事は言いもしない。
傲慢な態度をするくせに、大切な事は言いやしない。

「これは…お前が直接言うべきじゃないのかよ?」

多分…百万回弁解されようと、一千万回頭を下げさられようが、この言葉に叶わない。
きっと許してしまうのに。

バタバタと窓に駆け寄り、もういない姿を探す。

窓を開けてキョロキョロと辺りを見るが、探してる姿は見つからず眉を下げた


その時、


玄関に、見間違いようがない藍色の房見えて思わず噴き出してしまった。

Arrivederci、じゃなかったのかよ?と窓枠に腕を置き、顎をのせる。

(さて…どうやって許してやろうか?)

くすりと笑いながら、二つ折りされた紙を見る。


―――…

沢田綱吉

好きです。
愛しています。
Tu per me sei tutto.


―――…


(まずは、イタリア語から説明してもらおうかな…俺読めないの知ってて書いてるんだから、嫌な奴だよ。まったく…)

ヘラリと笑いながら、慌ただしく玄関に向かう。

多分あの顔を見たら、許さないと固めた決心もチョコレートのように甘く溶かされてしまうのだろう。
そうなるのは、悔しいけれど分かっているから、じっくりゆっくり意味を教えてもらうまで、許してないふりをするのだ。


―…Tu per me sei tutto.―…

僕にとって君がすべて。
君がいてくれないと、僕はダメなのです。



そう意味を知ったのは、本日2度目のキスを交わした直後の事。

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