□喧嘩は他所で願います。
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喧嘩のキッカケなど、本の些細な事がほとんどで。
なら、『すみませんでした』と頭を下げてしまえば早い話なのだけど、そう簡単な物ではないらしい。

キッカケ云々よりも、過程に問題があるようで。
売り言葉に買い言葉。意地やら、プライドやら、その他諸々が邪魔をして収集がつかない。

小さなキッカケが大きくなり、拗れるだけ拗れてくれば、当事者だけでなく周りの人間達にも被害は及ぶのだ。

詰まりは、いい加減にしてくれまいか?


「おや。それはどうしたのですか?」

完全無欠と名高い黒曜組の主である六道骸は、本日も不機嫌丸出しに眉間にしわを寄せて机に置かれた白い箱を指差した。

「あぁ、ボンゴレが…」
「沢田綱吉?」

柿本千種は白い箱と骸を見比べてから口を開く。
全ての言葉を言い切る前に、骸の眉間のシワが深くなったのを確認して、千種は言葉を飲み込んだ。

そして、心底思う。

(めんどい…)

沢田綱吉。
最大マフィアと名高い、ボンゴレファミリー次期当主である。

マフィアを憎み、マフィアを利用した世界大戦を掲げた骸が、まさかマフィアの次期ボスと恋仲になるなど誰が予想出来ただろう。
本人達曰く、出会った時からお互いがキラキラ輝いて見えたと言うが、そこはこの際無視しておく。

ようは一目惚れ。
なるようになったのだ、と千種は思う。

「どうしました?沢田綱吉がそれを持ってきたのですか?」

「はい。ラ・ナミモリーヌのケーキだそうですが…」
「…何か言ってませんでしたか?」

「はぁ…ケーキは日保ちしないので早く食べろと」
「そうではなく…っ、」

赤と青のオッドアイがじっと箱を眺めている。
目を細め、舌打ちしながら苛ついた様子の主に溜め息を吐きたくなる。

「骸様…気になるのでしたら、ご自分から会いに行かれたらいかがです?」

「馬鹿を言いなさい。気になどしてませんよ。どうせ許しを乞うための差し入れでしょう?まぁ…そこまで言うなら、許してやらない事もないですけどね」

「…はぁ」

腕を組んだ骸が、ソファに腰掛け鼻を鳴らす。
心なしか眉が上がっているのは、綱吉がここに訪ねて来た事を知ったからだろう。
少なからず、ここを訪ねた事で骸の事を気にかけている証しになる。

何故なら、骸は一週間綱吉に会っていないからだ。

一週間以上会わなかった事は、大して珍しい事ではない。
しかし、この一週間は今までの一週間とは訳が違う。
意識の違いとは本当に恐ろしい。
小さな亀裂が入っただけで、当たり前の時間が当たり前ではなくなるのだ。
日々が不安で、苛立ってくるのだろう。

二人が喧嘩をしたのは一週間前。
不機嫌をそのまま表したような骸が、鬼のような顔をして帰ってきた日を忘れない。
出来るものなら忘れたいが、主のあの顔は一度見たら忘れられないインパクトがある。
喧嘩の理由は知らないが、どうやら沢田綱吉が「骸なんか、もう知らない!!大嫌いだ!馬鹿!!」と言ったらしい。
そして、どうやら「大嫌い」という言葉が骸の機嫌を最大に悪くしているらしい。

(本当にめんどい…)

千種はポケットを一度叩き、骸に目を向けた。

「何か飲み物は?コーヒーなどいかがですか?」
「そうですねぇ…では、そうしましょう」

千種が頭を下げて部屋を出たのを確認して、骸はゆっくり目を閉じた。
ラ・ナミモリーヌと言えば、並盛町で有名な菓子店である。
二人で出掛けた事もある。
あの日の事を詫びるつもりなら、何も自分が出掛けている時でなくても良いものを。

(まぁ…、仕方ないですかね)

骸は目を細めながら、綱吉を思い浮かべる。
あの困ったような笑みで、このケーキを持ってきたのかと考えれば、自然と笑みが浮かびそうになる。
あの蕩けるような琥珀の瞳で、このケーキを選んだのかと思えば胸が締め付けられる。
会いたかったのだ。
何だかんだ言った所で、やはり骸は綱吉に恋い焦がれてしまっているのだから。

「うへぇ!何かいい匂いがするびょん」
「あらー?それ、ラ・ナミモリーヌでしょ?お茶お呼ばれするするぅ!」
「ししょー、ミーも付き合ってもいいですよー」

ガヤガヤした声に目を向けると城島犬を筆頭に、MM 、フラン、クローム髑髏がそれぞれ集まってきた。

「…千種が、」

「クフフ、そうですか。では此方へ」

クロームがおどおどと骸を窺うと、にっこりと笑った骸が自分の横を軽く叩いた。
骸が叩いた場所にクロームが腰掛け、犬がどかりと床に座る。
MMとフランは、ケーキ!ケーキ!とはしゃぎながら椅子を引きずって席につく。

「うさぎちゃん、たまには気がきくびょん」

「犬。…」
「ぎゃん!」

骸がギロリと犬を見ると、犬は慌てて頭を庇う。

「…何してるんですか?」

「へぁ?な、殴らないんれすか?」
「おや。殴られたいのですか?」

「んぁ!いいれふ!いいれふ!!」

青い顔をしてぶんぶん首を振る犬を呆れながら眺めて、椅子を指差す。

「…行儀が悪い。椅子に座りなさい」

「は、はいれふ!!」

キビキビと答える犬に、片眉を上げて眺めるていると、MMが気の毒そうに言葉を吐く。

「そりゃぁ、骸ちゃん。あんなに毎日八つ当たりされたら犬だって怯えるわよ」
「全くですぅー。ししょーは鬼の子ですぅー、あぁー怖い」

「黙りなさい!フラン!誰が鬼の子ですか!!ですが…そうでしたかねぇ?」
「…忘れてるとか、犬ちゃん気の毒だわ」

横目で見られても、覚えていないものは覚えていないし、そもそも一週間の記憶があまりない。
どうやら、苛立ちのまま犬に躾という八つ当たりをしていたそうだが…

「骸しゃん!これでいいれふか?」

「えぇ。よく出来ましたね」

それでも骸の近くに椅子を引きずり、元気よく座る犬を眺めて頬杖をつく。

「…危ないから席ついて」

ドアが開き、千種が大きなお盆を抱え、湯気が出るコーヒーとフラン用のカフェオレを置いていく。

「んー!!最高じゃない!!早く食べましょうよ!!人の奢りなんて、なお美味しいじゃなぁい!!」

「…行儀が悪いよ。MM 」
「なによー!千種だって、早く食べたいでしょ?」

「何が入ってるんですかぁー?」
「んあ?何だっていいびょん!ねぇ?骸しゃん」

「ケーキ…骸様?」

それぞれの視線が白い箱に注がれる。

「クフフ。仕方ないですね。では折角ですし、頂きましょうか?」

ケーキがあるからなのか、沢田綱吉が持ってきたらからなのか、骸の機嫌は上機嫌に変わっていた。

千種がそんな主の様子をチラリと眺め、ポケットに手を当てながら隠れて溜め息を吐く。

(恨むよ…ボンゴレ)

眼鏡をくいっと上げて、箱に視線を戻す。
骸の長い指が、白い箱を開けると、カラフルに飾られたケーキが5個。

「わぁ〜…あれ?骸ちゃん?これ、数合ってなくない?」

「は?」

目をパチリと瞬き、箱の中身と席に座った顔を見渡す。

人数は6人。
箱のケーキは5個。
机に置かれた飲み物は6個。
沢田綱吉のうっかり度、プライスレス。


一瞬の沈黙後、クロームが口をひらいた。

「骸様…あの、蓋に何か書いてある」

「はぁ?蓋です…か、」

手にしている蓋を、じっと見詰めた後、骸をどす黒いオーラが包んだ。




『むくろの文は、こんかい、はいってないからなっ!!みんなの、とるなよ!!ばぁぁぁぁか!!ザマーミロ!!』



と、マジックで書きなぐってある。


「…っ!!漢字を使いなさい!!ってか、唯一使ってる漢字が間違っている!!」
「骸しゃん!!突っ込む所が違う気がするびょん!!」

ギロリと犬を睨む顔は、鬼そのものだ。
どうやら、綱吉がうっかり数を数え間違えた訳ではないらしい。
あえて一つだけ減らしたのだ。

「な、な、何だって言うんですか!!あの男は!子供ですか!?」

うっかりなら笑って許せる。
だが、そうではないのだから笑えない。
これでは当て付けではないか。

ワナワナと震えている骸の周りから、徐々に空気が冷えていく。

「む、骸ちゃんお、落ち着いて!?ねっ?ねっ?」
「あっ、ミーこれがいいですぅ。食べていいですかぁー?」
「おまっ!!今骸しゃん、ブロッケンハートなんらぞ!!ちょっと待ってろびょん!」
「犬、ハートブレイクだろ?…バカ」
「骸様、あの、ボスにも考えがあると思うの…だから、」

「黙りなさい!!…しかも、僕が好きな物ばかりじゃないですか!!嫌がらせですか!馬鹿馬鹿しい!!」

箱の中のケーキを睨み付ける。
骸の忌々しい視線の先には、その視線をものともせずに輝く美しいケーキの数々。

ザッハ・トルテ
ガトーショコラ
オペラ
チョコムース
ケーク・オ・ショコラ

見事にチョコレートのオンパレードだ。
チョコ好きな骸には、かなりの嫌がらせだ。
更にこのケーキの数々は、デートの時に二人で食べ合ったものだったりするのだから堪ったものではない。

愛しくて、大切な時間を思い出す菓子の数々を、わざわざ当て付けに使うほど綱吉を怒らせたのだろうか?
売り言葉に買い言葉で暴言を吐いた記憶はある。
だけど、本当にどうでもいい訳ではない。
会って、抱き締めて、お互いで時間を共有したい。

そう思っていたのに。

「忌々しいマフィア風情が!!」

それとも、小さな亀裂だと思っていたのは自分だけなのだろうか?
だが、頭を下げて謝る気などない。
謝るべきは、沢田綱吉で。
『大嫌い』と簡単に口に出した、その事が許せないのだ。


とても美しく魅力的に見えていたチョコレート菓子さえ、忌々しく見えてしまう。
忌々しくも愛しい恋人を思い浮かべて、骸は唇をかんだ。
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