□死にたくなるほど愛しい君は。
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生きる為に意味を求めるように、死に逝く君は何を捨てるつもりやら。


「どうかした?」
「…いえ?」

真っ白なスーツを身に纏い、ネクタイを締めながら琥珀の大きな瞳がこちらを向くから、一瞬思考が止まりかけた。
「そう?」と呟き、また鏡に向き合ってはネクタイの位置を調節する。
その姿をじっと眺める。
何を見るという訳ではなく、ただぼんやり彼の全体を眺めて溜め息を吐いた。

その溜め息に、また此方を向いた琥珀の目…沢田綱吉は眉を下げて少し笑うと、腕を組んで眉を寄せて立っている六道骸に近づく。

「お待たせ。そんな怖い顔しなくていいじゃん。身なりだけでもちゃんとさせてよ」

そう言って笑ってみせる。

「なるほど。…で?死ぬ準備は出来ましたか?」

ヘラりと笑っている綱吉が、一瞬琥珀を見開いてパチリと瞬きをする。
その顔に舌打ちしたくなるのは、琥珀の瞳をゆるりと細めて慈悲深く笑うから。

そんな笑顔を向けられる道理はないと言うのに。

「知ってた?なんて…まぁ、覚悟はしてるよ。今回はあまりいい結果が期待出来る相手じゃないから。一応ね」

「遺言をアルコバレーノに託して、身辺整理をしての一応ですか?」
「…それ、秘密業務なんだけど。お前、むやみやたらにハッキングするのやめろよ!?」

「おや。簡単に潜り込める秘密業務など、秘密とは言いませんよ。」
「いやいや。潜り込むなよ。マジで!!その度俺が大変なんだよ!!」

半目で睨むように呟いて、また笑う。
それが腹立だしい。

これから死ぬかもしれないのに。

―トントン

扉にノックがされて、叩かれた扉を綱吉が見据える。


「うん…わかった。今いく」

そう静かに返事をした綱吉の横顔を眺めた。
凜とした表情に覚悟と決意を浮かべ、震える睫毛が少しの躊躇いを伝える。

死ぬのが恐ろしいなら逃げたらいいのに。

「君ほど勝手な人間を、僕は知りませんよ」

そう呟くと、綱吉は震える睫毛をゆっくり下ろして、息を吐き出す。

「うん。ごめんな…骸。」

声だって震えているくせに。
呼吸さえ震えているくせに。

自分のエゴで犠牲になる男。
人間が傷つき、死ぬ事が許せない勝手な男。

あぁ。そう言えば、初めて戦ったあの頃も相手を守る為に自分にナイフを刺そうとした男だった。

愚かだと思う。

例え命を掛けようと、その相手は知りはしないのに。
誰かの命のうえに、自分の日常がある事など知らないのに。

まさに無駄死にだ。
甘いこの男にはお似合いなのだろう、と骸は考えた。
そして笑いそうになる口元を手で覆う。

滑稽だと。

どうせなら、相手に恩を売ってやればいいのにそれもしない。
お人好し?いや、ただの馬鹿だ。

「…行くぞ。」

「どうぞ?…仰せのままに」

重い扉が開くと、大きな窓から場違いなほど眩しい光が目を眩ませる。
その眩しさに目を細めた。
その光を吸い込んだ茶色いピョンピョン跳ねた鬱陶しい髪が目に入り、これで見納めならばと視線を送ると、思いの外綱吉が琥珀の目をこちらに向けていた。

「何か?」
「…いや、別に。」

視線がぶつかった瞬間、確かに見開いた大きな目を伏せ、身体に似合わない黒いマントを靡かせてる。
屋敷の長い廊下を彩る真っ赤な絨毯を歩く、小さな背中を柄にもなく見詰めた。

馬鹿な男。

この先に己の先がない事を知っているのでしょう?

鼻で嘲笑うように笑い、その背中の後を藍色の長い髪を揺らしながら歩く。

綱吉が綺麗だと笑ったその髪は、やけに重く邪魔くさい。
伸びすぎたのかと手を伸ばし、首を押さえた。

(こんな髪、切ってしまえばいい。)

もう、自分の髪の事など気にかける人間などいないのだから。





「どうぞ」
「うん。有り難う」

外に停まった、漆黒のリムジンの黒光りがやけに鼻について眉を寄せる。
それを隠さず、車のドアを開けると綱吉が小さく笑った気配がしてますます眉を寄せた。

「もっと詰めて貰えますか?僕も乗るので」
「十分奥に詰めてるんだけど…お前、ワガママすぎじゃない?」
「僕は足が長いので。イヤなら、他の守護者にでも代わりましょうか?」
「悪かったな!!短くて!!…ったく。」

悪態つきながら、車の奥。それも、身体が奥のドアに押し潰されて斜めになりながら「これでいいだろ!!」と睨んでくる。
生意気だとは思うが、あのように笑われるよりは気分がいい。
走り出した車の窓で、外の景色が流れていく。
それを見詰める琥珀に声をかけた。

「名残惜しいですか?」

あえて冷めた口調で言うと、外を眺めたままの綱吉はゆっくり目を閉じた。

「そりゃぁね。でも、これしかないから」
「おや?随分諦めがいいですね?それなら、今すぐ僕と契約しませんか?死ぬより楽だと思いますよ?」

「お前ねぇ、まだそんな事言ってるの?やだよ。契約したら、世界大戦とか言い出すだろ、お前。人が死ぬのは嫌なんだよ」
「おや?自分は死んでもいいけど、他の人間には生きろですか。クハ。随分身勝手で、無責任な台詞ですね」

「…何か、お前機嫌悪い?」
「いえ?」
「そう。」

苛つく。
マフィアなど汚らわしく、醜く、生きる価値さえない。

取引マフィアは小さな子供達を人質とした。
ボンゴレの数人を殺し、その家族さえ人質にした。
天下のボンゴレと言われていても、庶民的で甘い考えの隙をつかれた。
力うんぬんで招いた危機ではない。
マフィア特有の汚なさが、相手の方が上だった。
交渉は難航し、ボンゴレとの決別はあきらかだった。
それ故、ボンゴレボス10代目沢田綱吉の欠点を攻めたのだ。
どちらの選択をしても人は死ぬ。
受け入れようと、拒もうとも。
力でねじ伏せるにも骨の折れる相手マフィアだ。
壊滅させるのも困難だ。
しかし、沢田綱吉が話し合いの最中に死んだとなれば話は変わる。
何故なら最大マフィアボンゴレには、彼の人間性に惹かれたファミリーがいる。
今は動けないファミリーが、綱吉の意思を引き継ぎ参戦すれば制圧は容易い。
だが今は、人質をとられているボンゴレの立場はあまりに弱い。
相手マフィアが出した見えすいた話し合いを了承するしかなかったのだ。

守護者に招集をかけ大きな会議が開かれた。
綱吉の決意は揺るぎなく、右腕である獄寺隼人が必死に止めようとも、他の守護者が力任せに止めようとも、綱吉の考えは変わらなかったのだ。
最強のヒットマンさえ苦々しく口を閉ざし表情を不機嫌に歪めたが、何も異論はしなかった。
愛すべき教え子であり、『ボンゴレ』の意思を尊重した結果。
沢田綱吉の答えは、ボンゴレの答えなのだ。
綱吉が苦しみ悩んでいる事を一番近くで見ていたからこそ、リボーンは止める事が出来なかった。
命運を伴にと騒ぐ守護者達一人一人の顔を見渡し、綱吉は眉を下げて言った。
「相手マフィアは話し合いだと言ってるんだよ。大丈夫、生きて帰るから。生きれるものなら生きていたいじゃん。俺だって」と。
相手の要望もあり、同伴する人間は一人だけと決められた。
綱吉は霧の守護者である六道骸を指名した。
そして、眉を下げ「ごめん」と彼は笑ったのだ。

綱吉は嘘を吐く。
交渉が決別して、無事に帰れる保証などない。
ただの話し合いで済まされる筈はない。
だからこそ綱吉は、昔からの家庭教師であるリボーンに遺言を託した。
周りの人物には、遠くに仕事をしに行く事になったと嘘を吐いた。
電話も、手紙も届かないような遠い場所だが、心配はしないで欲しい。と笑った。「元気で。幸せに」と。


馬鹿だ。
もし綱吉の死のもと、平和が訪れようと、綱吉は見る事も笑う事さえないというのに。
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