□言葉で愛を
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言葉にしてしまえば簡単だとは思うのだけど。

「ねぇ?骸はどうして俺と一緒にいるの?」

そんな簡単な質問を大真面目にしてくる男に、今すぐ契約の為に傷つけていいですか?と逆に聞きたくなる。
そのくらい苛立つ質問だった。

「さぁ?どうしてですかね。僕にも謎ですよ」

謎どころか、明確に分かりきっている事で。

「ふーん…何それ」

だけど、音にして空気を振動させるだけの行為が出来ない。
言葉なんて、相手の耳に届いた時点で終いではないか。
形も、姿もないモノではないか。と何度繰り返してみても


「お前はさ、俺の事、あの、す、好き、なの?」


好き。

この言葉が口から零れてくれない。
そもそも分かりきっている事じゃないか?
憎むべきマフィアの側に在る事、それこそ証明になるじゃないか。
何故それを態々言葉で聞きたがるのだろう?
そんな事をぐるぐる考えている癖に、冷やかな言葉を吐き出す己の口を恨みながら、六道骸は溜め息を吐き出した。

「…どうですかね。でも、今君の側にいるのですから、それでいいじゃないですか?」

「そっか。…そうだよ、ね」

納得なんか少しもしていないのが丸わかりなほど、力なく相槌をうった綱吉の様子を盗み見る。

小さな肩が落ち、いつもより更に小さく見える。
琥珀の大きな目が悲しそうに伏せられている。
拗ねているのか唇が少し尖っている。

そんな姿に自然と眉が寄り、深い溜め息を吐いてしまった。
そんな顔、させたい訳じゃない。

(…っ!仕方ないじゃないですか!大体君、分かってるでしょ!超直感とやらは何故こんな時に役に立たない!)

心の中の自分が饒舌に喋れば喋るほど、声にする事が出来ない。
骸自身、どうしていいのか分からないのだ。

(こんな感情、必要なかったのですがね…)

『恋人』など作った事などない。『恋』しい『人』などいなかった。
そんな存在など考えた事のなかった骸が、始めて綱吉に抱いた気持ちを『恋』だと自覚するのには、長い時間が必要だった。

それはそうだ。

利用しようと企てた標的に心を奪われるなど、完全無欠な六道骸の辞書にはなかった事なのだから。
ない事があったのだから、まさしく青天の霹靂。

頭から離れないのは、憎らしくて仕方ないから。
触れたいのは、その細くて白い首を絞めてやりたいから。
だからこんなにも苦しいのだと言い聞かせてみたが、それは所詮無駄なあがきだった。
違和感に悩み、戸惑い、葛藤し、苛立ち、こんな煩わしい想いなど早いうちに捨ててしまおうと、意中の人物である沢田綱吉に『君、僕の事好きなんですか?』と苦々しく問いかけた。

敵同士、尚且つ男同士。
当然嫌悪感を隠さず、首を横に振るだろうと思っていたのに。
その嫌悪感を目の当たりにしたら、あぁ。それはそうだ、そんな事あってはいけないと心底歓喜したのに。

『な、な、何で…知ってん、の?』
『は?』

返ってきた反応は意外なものだった。
小さく震え、青だか赤だか分からない、泣きそうな顔をして言ってくれるものだから


『ば、馬鹿じゃないですか!?君。』


思わず顔に予期せぬ熱を感じてしまったわけだ。
ごめん、と力なく呟いて下を向いて震えている彼を引き寄せたのは、意図した行動ではなく咄嗟の事だった。
捨てる筈の感情を守りたいと思ってしまった。

『それなら、僕の側にいさせてあげますよ』

固まったように動かない綱吉の真っ赤な耳元に囁けば、慌てて顔を上げて泣きそうな表情を見せた君が、花が綻ぶようにへらりと笑った。

あぁ、手遅れだ。

そう思った時には、苦しくて、切なくて、苛立った。
この感情はもう失えやしない。

それなのに、

「いつまでそんな顔をしているつもりですか?」

「だって…」

「だって?なんです?」

肩を並べて歩く、綱吉は絶賛不機嫌真っ最中な様だ。
あの日から、綱吉が黒曜ヘルシーランドに訪れる事が増えた。
そして本日も黒曜ヘルシーランドへ訪れていた綱吉を自宅まで送るいつもの道。
『側にいさせてあげますよ』と言ったのだから自然な事。
それは別にいいのだが、当初眉を下げながらも顔を真っ赤に染めて笑っていた綱吉が、日に日に表情を曇らせていくのが気になった。

マフィアのボス候補で、敵同士で、人の理想の世界を壊しておいて、何故そんな顔をされなくてはならないのか。

(ふて腐れたいのは、僕の方じゃないですか?)

最近綱吉は、頻繁に骸に問いかける。

何故自分の気持ちを受け入れたのか?
自分が側にいて、骸にメリットはあるのか?
どうして側にいてくれるのか?
楽しいのか?
辛いのか?

しかし骸からすれば、気に入らない事をする事が気に入らないのが性だ。
つまり、自分の信念や時間を潰してまで綱吉との時間を過ごしているのだからそれこそが全ての答えなのだ。
骸にとって、それがどれほどの努力と我慢を要するかなど、綱吉は知らない。

好きだ。愛してる。

そんな言葉が頭に過る度、頭痛さえする。
それでも、綱吉がいれば表情は自然と緩み。
綱吉が話せば耳に神経が集中する。
それでは駄目なのだろうか?


「…俺、骸がよく分かんない。」
「そりゃぁ、そうでしょうね?君に易々と理解されては困ります」

面倒臭そうに答えれば、隣を歩いていた綱吉の足が止まる。

「どうしました?」

同じように足を止めて綱吉を見ると、足の爪先を綱吉がじっと見つめていた。

暫く黙ったまま、下を向いて動かない綱吉を眺めていると、窺うように琥珀の瞳が上げられた。

「俺は、ダメだから。骸みたいに出来ない…、」

「は?何の話です?」

「だから!!好きでもない相手といれない」

「だから、の意味が分かりませんし、君の言っている意味が分かりませんけど?」

好きでもない相手?
その言葉に苛立ち、眉を寄せて腕を組んだ。
苛立ちが伝わったのか、綱吉がびくりと肩を震わせたが、生意気にも睨んでくるので睨み返してやった。

誰が?
誰を?
好きじゃない?

「うっ!!に、睨んだって怖くないんだからな!」
「虚勢は結構。で?何が言いたいのですか?早く言いなさい」

そう告げると、綱吉が琥珀を揺らしながらポソリポソリと呟き始めた。

「骸は、さ。俺といても楽しくないんだろ?そ、側にいていいって、言ったのにさ」

「ええ、いるじゃないですか?」

「いるだけじゃん!!あ、遊びに行っても、一人でソファーに座って気取ってるし!俺、お前よりクロームや、犬さんや、千種さんとのが喋ってるんだぞ!!お、おかしくない?」

「おや?何処がですか?君の声は聞こえてますし、話してますよ。胸の内で」
「いやいやいやいや!!声を出せ!!何だよ胸の内でって!?俺エスパーじゃないからねっ!ってか、それ話してる事にならないからな!!!」

「犬や千種、クロームには伝わってますけど?」
「そいつはすげぇや!!ははは!!黒曜メンバーすげぇや!!!多分、それ千種さん達がめっちゃ努力してんじゃねーの!?でもごめん!俺には伝わらないからっ!ちゃんと言葉にして!」

「…ぎゃぁぎゃぁ煩いですね。だから、僕は…―」

君がいれば満足なんですよ。

「骸?な、何?」

「…っ。」

出てこない。
あの琥珀の大きな目を見てしまうと、口が動かない。
呪いのように、意識が吸い込まれてしまう。
綱吉は懸命に骸の言葉を待ち、骸は苦しそうに眉を寄せ目を逸らした。

二人の間に沈黙が落ち、それと同時に気まずい空気がたちこめる。
どうにかこの空気を回避したいのだが、どうしていいのか分からない。

暫くの沈黙の後、先に口を開いたのは綱吉だった。

「…ごめん。もういい。」

力なく聞こえた声色に、目を綱吉に向けると視線がかち合った。
綱吉が困ったようにへらりと笑う。
どこか諦めたような、悲し気な表情のように見えて骸が空気をのみ込んだ。
嫌な予感がする。

「何が、いいのですか?」

少し声が上擦ったが、気付かれなかっただろうか?

綱吉は小さく首を振って、小さな口が「あのさ…」と動いた瞬間


…―ボフンー

爆発音と共に、綱吉が濃い煙りに包まれた。
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