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□遅刻バレンタイン
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愛しい人へ甘いチョコレートに想いを乗せて渡すイベントがある。
恋をしている日本人なら一度は聞いた事のあるバレンタインデー。
想いが伝わる前はドキドキと。
想いが伝わればイチャイチャと。
が、しかし
こんなに甘い1日も、酸いも甘いも知りつくし、長年噛みつくようにスレ違い、認めあい、絡み合った恋人達には時期的の『イベント』と何となくぼんやりと忘れていたりする事もなくはない。
そう、今まさに宝石のようなオッドアイに睨まれ続けて、じりじりと追い詰められている彼…沢田綱吉がその一人だったりする。
「で、つまり君は、今日は何の日で、何故僕がわざわざこうして君の為に時間を作っていたのかまったく分からなかったと?忘れていたと言う事ですよね?」
「やっ、その、む、骸さん?お、怒ってる?いや、何か気づいたら今日だったってーか、」
「いいですか沢田綱吉。それを忘れていると言うんですよ!!」
ドンと机を叩かれ、びくりと細い体が飛び上がる。
苦し紛れに乾いた笑みを貼り付けていたのだが、その笑みは消え、琥珀の大きな目を怒り心頭の彼から右へ左へと泳がせた。
「僕達恋人でしたよね?告白は君からでしたよね?違いましたか?」
「い、いえ、あ、あってます」
「ですよね?君、僕を好きだと言いましたよね?」
「い、言いました、」
「世間では女性達がはしゃぎ、店に入ればでかでかと特設コーナーとかありますよね?コンビニでさえありますよね?それとも何ですか?君はただぽけっと外には出ず、コンビニすら行かず、引き込もっていたのですかね??」
「だ、だからごめ、ごめんって」
最早涙目である。
じりじりと詰め寄られ、嫌み炸裂に睨み付けてくる恋人…六道骸に逃げ出したい気持ちを押さえ正座で向き合う。
忘れていたのは事実。
散々標的だと罵られ、身体を下さい宣言を乗り越え、恋い焦がれ、諦め癖のある自分が勝ち目のない告白をし、奇跡的に恋人になったというのに、日々の忙しさにすっかり恋人達のイベントを忘れ去っていた。
日常的に店には行っていたが、なんとなく『あぁ、』ぐらいしか思わなかったのだ。
つまりは、怠慢。
まぁ、付き合うきっかけはどうであれ、長年付き合っているのだから一々面倒だと思ってしまったのも少なからずある。
だって、答えは毎年『イエス』なわけだ。
付き合っているんだもの。
しかも、恋人の大好物はチョコレート。
日常的にプレゼントとして取り寄せてみたり、特別に用意したりしているのだから、『バレンタインにチョコレート』の魅力もなんとなくなくて…
だが、まぁ、早い話、忘れていた。
ぼんやりそんな事を考えていると、ふるふると怒りで震えている骸がおもむろに鞄から紙袋を突き付けた。
「…これ、わかります?」
「は?えっ…と、」
鼻先に押し付けられた紙袋からは鼻孔をくすぐる甘い香りがする。
チラリと目線を紙袋の中身にそそげば、色鮮やかなラッピング。
中には手紙らしきものが見え隠れしていて。
他の菓子と間違える事のが難しい、このほろ苦く甘い香りは…
「…チョコレート、だろ!」
綱吉は少しだけムッとして眉間にシワを寄せて、何故か得意気になっている恋人を半目で眺める。
しかしながら…恋人がいる男が貰うにはいかせん量が多い気がする。
しかもあからさまに義理ではなく、本命だと分かるチョコレートの数々に腹が立ってもおかしくないだろう。
そのチョコレートを自信満々に恋人に見せつけるなんて、どんな思考回路だよと思いながら半目を向ける。
はいはい、モテますねと言ってやればいいのだろうか?
「…そうですよ。チョコレートです。チョコレート!!!つまり、僕への親愛が込められた数々の貢ぎ物です。」
クフリと笑う骸に、流石に青筋が立つ。
先程まで冷や汗をかいていた背中はすっかり乾き、眉間に寄せていた眉がいよいよつり上がってくる。
ふざけるな!大体貢ぎ物だなんて言い方は失礼だ!!と思う。
そもそも恋人がいるのだから、好物なチョコレートであったとしても貰いすぎじゃね?と文句を言うために口を開けば、口を革の感触が覆う。
「あぁ、ちなみに僕が進んで受け取ったわけではありませんよ。机やら、鞄にいつの間にか押し付けられていた物です。出会い頭に突き付けられたりしましたが、チョコレートには罪はありませんし、なんせ…」
人間道を思わす禍々しい雰囲気で、殺意を含んだように睨まれれば、恐怖で喉がひゅっと鳴る。
「恋人に愛を贈る日をすっかり忘れた君よりも、真っ赤に染まった彼女達の方がずっと可愛げがある。君には僕を責める資格も、彼女達と同じ次元に立ち、意見する資格もない。」
声に感情なく言われて、綱吉は琥珀の目をただ大きく見開いた。
何故、たかだかイベントを忘れただけでここまで言われなくてはならないのか?
クリスマスだって、お正月だって一緒に過ごしていたじゃないか?
だって、イベント関係なく恋人である事は変わりないじゃないか。
そんな感情が、罪悪感と恐怖で埋まっていた綱吉の心を酷い悲しみと喪失感が襲う。
眉が自分でも気付かないほど自然に下がり、見下すように自分を眺めている嫌味なほど整った顔がゆらゆらと揺れて、はじめて自分は泣きそうなのだと気付いた。
口を塞いでいた大きな手が外れ、一気にひんやりとした空気が入ってくる。
それと同時に少し自分から離れた深緑の服が、ゆっくり立ち上がる。
すぐ目の前にいた人形のような美しい顔も、サファイアとルビー色をした美しい瞳が消え、ただの深緑に染まる。
目の前にある彼の長い足が、自分から離れようとしているのだと思った瞬間ボロリと涙が流れて慌てて袖口で拭う。
(くそ!泣いてない!!な、泣いてなんかいないぞ!!こんな事で、ってか、何なんだよ!!!)
そうは思ってみても、一度落ちてしまった滴はボロリボロリと落ちてきて、最悪な事に鼻まで垂れてきた。
骸にとって、この日はそんなに重要なのか?
そもそも日本だけの習慣であるこの日を、イタリア育ちの骸が何故こんなに気にするのか?
そんなにもチョコレートが欲しいのか?
あんなに沢山もらっているくせに。
(くそ!なんだよ!!なんだよ!!そりゃぁ俺だって、)
自分を憎む宝石が、優しい眼差しに変わった日を今でも覚えている。
本当に心臓が飛び出すかと思った。
幸せすぎて死んでしまうかと思った。
一度は敵対した彼が、自分を確かに愛しんでいると実感した日、もう世界大戦させてあげようかな?と思考回路がぶっ飛ぶほど骸の望む事をしてあげたいと確かに思った。
思ったのだ。
骸が好きだと、愛しているだけじゃ足りないと思っているのに。
あぁ…もうこんな日なんてなければ良かった。
思わず下を向いたのは、骸が帰る姿を見たくなかったから。
侮辱を滲ませた顔をこれ以上見たくなかったから。
暫くして頭のすぐ上で溜め息が聞こえた。
「…いいんですか?僕がこのまま帰ってしまっても」
苦々しく一層呆れたような声が聞こえて、慌てて顔を上げた。
つり上がっていた眉はそのままに、ただ怒りに爛々としていた目が少しだけ和らいでいた気がした。
戸惑っているようにも、拗ねているようにも見える彼が鼻を鳴らして目を逸らした。
「だ、だって、今更俺、どうにも出来ないし、忘れたのは事実だし、骸、怒ってるし、」
しどろもどろ細い声を出すと骸が乱暴にしゃがみ込み、綱吉の頬を掴む。
「ぶっ!!な、なにひて、「怒ってますよ。当たり前でしょ?」
慌てる綱吉の目を無理矢理合わせて、つまらなそうに言う。
「で、君はどうするつもりですか?まさか、泣いて終わりにするつもりですか?」
そう問われて首を振る。
「…骸が、チョコレートを忘れたぐらいで怒り狂うほどチョコレートが好きだったなんて知らなかったんだよ…チョコレート好きなのは知ってはいるけど、そ、そこまでとは、あの、」
ボソボソと独り言のように呟く綱吉に、一瞬ぱちくりした宝石が半目に変わる。
「…は?なんです?君、まさか僕がチョコレートが貰えない事に腹を立てていると?」
頬を掴む手に力が入り、綱吉の顔が少し…いや、大分変形している。
まるでタコのようだ。
頬に食い込む指の痛みを耐え、え?違うの?とばかりに他の理由があるだろうかと考えた。
沢田綱吉は某家庭教師様の愛故、少し痛みに強い子なのである。痛みもなんのその、空を仰ぐ綱吉に、六道骸はますます目を細めた。
あと少しで瞑ってしまうのではないかと思うほどにだ。
「だ、だって、「なら、ヒントを差し上げます。いいですか?僕が欲しいのは…」
頬を掴む手の力を更に強めてから手を離す。
痛みで顔を歪ませた綱吉の胸をトンと優しく押し、見開く琥珀を覗き込んだ。
「…ここですよ。」
真意に告げる骸にますます琥珀を見開き、ぱちぱち瞬きをした後眉を寄せる。
「し、心臓型のチョコレート?そんなマニアックな「何故そうなる!!それより君の中の僕は心臓を好んで食べるようなイメージなのですか?それを問うならハート型じゃないですか?意外にさらりと失礼ですよね!?」
骸なら食べそうです、と口が裂けても言えなかった綱吉はへらりと笑って見せた。
では、自分の胸にあるものとは?
えっ?チョコレートをぬれと?
急に真っ赤になって黙り込んだ綱吉に、骸が首を傾げる。
「つなよ「む、無理!!や、火傷し、しちゃうし、骸がアブノーマルなのは充分知ってるけど、そんな、え、エッチ!!骸のエッチ!!」
茹でたタコのように真っ赤に染まり、湯気が立ちそうなほど熱くなった綱吉が叫ぶと、骸はポカンとした後みるみる赤く染まった。
「ばっ!バカじゃないですか!ち、違いますよ!!それに誰がアブノーマルですか!?そ、そんな事するわけないじゃないですか!!それは、い、いつか、どこかで、君が知らないうちに、君にこっそりやりますよ!」
「ド変態じゃねーか!!何言っちゃってるの!?ねぇ?何言っちゃってるの!?」
慌ててパニクっている骸がとんでもない『やります』宣言をしてくれたお陰で、残っていた緊張がすっかり溶けた綱吉は骸を睨む。
ぐっと言葉に詰まった骸が、こほんと咳払いして改めて口を開く。
「そ、そうではなく…日本人特有なイベントだと納得していたんです。何故チョコレートなのか知りませんけど、言葉が足りない日本人が愛をチョコレートに代えて伝えるんですよね?」
「う、うん…まぁ、そう、なるのか?」
言葉が足りない?と首を傾げて考え込むと、骸がまた1つ溜め息を吐いた。
「君は…ぼくにあまり言わないでしょ?」
「な、何を?」
急に力なく呟く骸にますます眉を寄せて考え込む。
そんな綱吉を苦々しく睨み付けて舌打ちをすると、今度は強めに胸を小突かれた。
「僕が君に望むのは、君が確かに僕を必要としている証ですよ。常に言葉が少ない君の気持ちが分かる日だったんですよ。分かりますか?僕は六道を廻ろうと、人の心が読めるわけではありません。だからこそ完全無欠な僕でさえ誤算が生じる。君が僕を好きだと…都合よく解釈しているのかと、」
不安だったんですよ?
そう言われて、先程とは違う熱が身体を染めた。
不安?
あの六道骸が。
確かに、付き合いはじめて自分から『好き』だと伝えた事は数少ない。いや、あの告白した日から皆無かもしれない。
だって、恥ずかしいじゃないか。
だけど今もこうして付き合っていられるのは、ギザで恥ずかしげもなく愛していると囁く骸のおかげかもしれない。
愛されてる実感がありすぎて、安心して、相手の気持ちに胡座をかいていたのは自分だった。
「それなのに、君はその愛を伝える日さえ忘れている。僕への気持ちも忘れてしまっているように感じて何が悪いのですか?」
そう言われて、あぁ愛しいなぁ…と感じた自分もけっこうなもんだと思う。
ハートのチョコレートはないけれど、
甘い甘いチョコレートもないけれど、
「わ、悪くないよ…お、俺は、」
骸への愛は、この高鳴る胸にあるのだ。
一息空気を吸って、言葉の先を待つ骸を精一杯睨み付けた。
なんと言えば届くのだろうか?
きちんと伝わるだろうか?
あぁ、確かに口下手な日本人…伝えるのが難しいこの気持ちを何かに代えたくなる。
だけど、チョコレートはない。
それなら、届けようじゃないか。
チョコレートより甘いこの想いを、
「む、骸」
小さく呟くと、「はい」と小さく返事が返ってくる。
こんな関係でいたいと思う。
当たり前のように名前を呼んで、当たり前のように返事が聞こえるこの距離を、一生続けて生きたい。
「け、」
「け?」
どうやら「好き」か「愛してる」の「す」か「あ」が来ると踏んでいた骸が、予想外の音に眉を寄せる。
それを見た綱吉がますます真っ赤になって、オーバーヒートしてしまうのではないかと思うほどのテンションで叫んだ。
「け、け、け、結婚しよう!骸!!!」
ゼェイゼェイ息を繰り返す綱吉と、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった骸。
(よ、よ、よし!い、いった、言ったぞ!!お、俺言った!言ったよリボーン!!あ、あれ?な、なんか、)
この場にいない家庭教師の名を心で呼んだのは、試練とばかりに無茶苦茶な要求をされる日頃の癖故だろう。
そのくらい無茶苦茶な台詞なのだと自分で理解している証拠だ。
しかし、その言葉に嘘はない。
恥ずかしさと緊張と安心感ですっかり頭に血が昇った綱吉の見詰める視線の先で、未だポカンと固まったままの骸が霞む。
(は、え、あれ?)
ぐにゃりと骸が歪み、(霧になって逃げる気か?)と思った途端、綱吉は見事に倒れた。
それはもう、綺麗に白目をむいて。
つまり本当にオーバーヒートしてしまい、気を失ったのだ。
バタンと綺麗に倒れる綱吉を、ポカンと見ていた骸が正気に戻り慌てて窓から飛び出した。
倒れた恋人を置き去りにして飛び出す彼もまた、いつものスマートさを失いテンパっているのだ。
冷たい空気を吸って、バクバクと今更になって騒ぎだした心臓を誤魔化しながら、火照った頬をゆっくり押さえた。
いつまで経っても読めない彼に苛立ちながらも、愚かで単純、そして何より愛しい彼をどうしてやろうかと考える。
(遅刻のバレンタインに受けたプロポーズは、やはりホワイトデーを遅刻して贈ってあげた方がいいですよね?)
あぁ、何て素敵なバレンタイン!!