□欲からぼた餅
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人の欲望は数えきれないほど多すぎて、時には本人ですら気付かない事もある。

そんな欲ほど気付いた時には手に負えない。

そう。


手に負えないのだ。

(あ、あれぇぇぇぇぇ!?)

琥珀の瞳をパチパチと、視線はキョロキョロと、更にはダラダラと滝のような汗をかいた沢田綱吉は、古びたソファに腰掛けていた。

何故こんなにも目を泳がせ、滝のような汗をかいているかと言うと

「何にか?」
「うへぇ!?いえ!!別に!お、お気にせずっ!!!」

慌ててぶんぶん頭を振ると、怪訝な顔をした六道骸が「はぁ…?」と首を捻る。

(だ、だから、な、な、なんでっ!?)

綱吉は混乱していた。
何故なら、眉を寄せて怪訝な表情を浮かべる骸は正直怖い。
何がって、顔が怖い。

怖いはずなのに、綱吉の目はどこか壊れてしまったようだ。
やたら渋くミステリアスで、尚且つ色っぽく見えてしまう。

何がって?骸の眉間に寄ったらシワがだ。

(うえぇぇぇぇぇ!?!?ど、どうしよう!俺!!)

更には、蔑むように見下された赤と青のオッドアイに背筋がゾクゾクする。
綱吉は虐められっ子ではあるが、それを楽しむ趣味は断じてない。
それなのに、あの冷ややかな目でもう一度睨んでくれないかな?とどこかで期待している自分の心に(そんな趣味はない!!)と突っ込みを入れる事数十回。

骸の少し開いた薄い唇を眺めては、何故か唾が口に溜まって飲み込む。
ゴクンと音がする度、喉が渇いて仕方ない。
少し気を抜くと、あぁ、骸の唇柔らかくて美味しそうだなぁ…どんな感触がするんだろう?などと変態じみた事まで考えてしまって、綱吉はパニックで最早涙目だ。

(お、落ち着け!!お、俺!俺は女の子が…きょ、京子ちゃんが好きなんだっ!!な、なんで、む、むくろに!?)

そう。
綱吉は晴れの守護者、笹川了平の妹である笹川京子に恋をしている。
断じて、男…しかも自分の身体を乗っとるだの、世界大戦だの言っている六道骸にこんな想いを抱く筈などない。

(そ、そうだよ!だ、大体、こいつは俺の身体を…か、身体を…)

そこまで考えて、骸の低音がこだまする。

『君の身体を頂きます』

途端に顔を真っ赤に染めた綱吉がソファから立ち上がって叫んだ。

「俺の身体だけが目当て!!!」
「何の話ですか!?さっきから!煩わしい!!」

思いっきり叫んで、骸の苛立った声にハッとする。

「や…ははは、いや。別に」
「なら、黙って待っていたらどうですか?クロームなら、もう少しで帰ってきますよ」

あはははと笑いながら頭を掻くと、じと目の骸が呆れたように溜め息を吐く。
コクコクと頷いて、静に姿勢よくソファに座る。

(な、なに叫んじゃってんの!?俺!)

何となく、骸の身体を乗っ取ります宣言を思い出したらカッと顔が熱くなった。
骸にしてみたら、憎むべきマフィアを皆殺しにすべくボンゴレ次期ボス候補である綱吉の身体を利用したいだけ。

他の意味などない。
ましてや、性的意味合いなどあるわけないのだが。

(な、何で…俺。)

「…ボンゴレ、何か飲む?」
「ひっ、!!い、いや!!だ、大丈夫です」

「んあ?お前何慌ててんのら?別にとって食べたりしねーびょん。」

「千種。犬。ほっときなさい。彼はクロームの客人で僕たちの客人ではない。」

あまりにも挙動不審の綱吉が気になったのか、柿本千種が話しかける。
そこに城島犬が便乗し舌を出しながら笑うと、骸がつまらなそうな顔をして二人に話し掛ける。

「クロームは、あの、どこに行ったのか、な?」

千種の気遣いに少し心癒されて、犬の言葉にびくついて、骸の棘のある言葉にムッとした。

そもそも綱吉が、黒曜ヘルシーランドにいるには理由がある。
学校の帰り道、クロームに相談があると話しかけられた。
淡々とした少女が、大きな紫の瞳を揺らし、可愛らしい顔をして『お願い…ボス』と泣きそうに言うものだから、コクりと頷いてしまったのが始まりだ。

クロームは花が咲いたように頬を染めて、嬉しそうに「じゃぁ、ボス。後で黒曜ランドに…」と言うものだから、デレりと了承してしまったのだ。

可憐に制服のスカートを翻して走っていくクロームの後ろ姿を、暫く眺めていた綱吉は気が付いた。

黒曜ヘルシーランドといえば、あの六道骸のアジトで。
そこに行けば、あの六道骸がいるわけで。
六道骸といえば、一戦を交えた元敵同士で。
何故か綱吉の守護者の一人でもある。
守護者であるに関わらず綱吉を狙い、『標的』と言いながら嫌味、睨み、馬鹿にする。
そのくせ、時には助け、協力し、美しい笑顔を向けるのだから綱吉としてはどうしていいのか理解出来ない人物である。

まさに霧。

姿を眩まし、本体を掴めず、本性が分からない。

それなのに、何故か気になる。
どうしてか、気になってしまうだ。

悲惨な過去。
特殊な能力。

同情をするなとリボーンが言った。
奴のした事を忘れるなと。
自分の目的の為に、仲間を傷付け、人の心を踏みにじった。
それは綱吉自身、忘れたくても忘れられない出来事で、絶対に許せない出来事だったのに。

どうしてか気になる。
理由は分からない。

だから骸に会うのは正直苦手というか、意識してしまう。
だからこそ苦手な人物で、出来たら離れていたい人物なのだ。

だけど、クロームと約束してしまったのだから、行かない訳にもいかない。
それに霧のような骸が黒曜ヘルシーランドに常にいるとは限らないじゃないか。

どこか遠い目をした綱吉は、諦めたように溜め息を吐きながら骸がいない事に賭けた。


のだが、


「おや?珍しい客人ですね?自ら契約をしに来たのですか?」

初っぱなから、骸に出会ってしまったわけだ。
まさに扉を開けて二秒で骸。だった時は気を失いそうになった。

ぐるんと白目を剥いて放棄してしまおうと思ったが、理由を慌てて説明した。
自分はクロームに呼ばれて来た訳で、決して骸と契約をしたい訳ではないと。
そりゃぁ、泣きそうになりながら。
いや、泣きながら。

クロームが?と、一瞬眉を強く寄せて、少し考えるような素振りをすると、冷ややかな目で戻っていく。
スタスタと中に入って行く後ろ姿を眺めていると、くるりと振り向いた骸が顎で合図を送ってくる。

入れと?

おずおずと辺りを見回して、骸の背中を慌てて追いかけて今にいたる。

「しかし、まぁ。君になんの用があるのでしょうね…クロームは」

綱吉の座るソファが、ぎしりと沈む。
その反動に目を向けると、藍色の髪が目に飛び込んできた。

「は、えっ!?やっ!!ち、近い!!」

「は?」

綱吉がソファの上でピョンと身体を浮かして、足に腕を回して体育座りをしている。

その顔は真っ赤だ。
目なんか潤んでいる。

そんな綱吉を骸は眺めて、視線を逸らした。

特に骸が何をしたわけではない。
ただ、綱吉の座るソファに腰掛けただけなのだが。

(だ、ダメだって!!!)

綱吉は膝で顔を隠す。
何が駄目なのか、綱吉自身も分からない。

ただ、一つ。

今綱吉の心臓は大きく跳ね、隣でつまらなそうに前を向いている骸の顔をなんとか此方に向かせたい衝動だけが綱吉を支配している。

何故だか分からない。

(何で?どうして?お、俺…こんなの、まるで、)

綱吉は膝にオデコを擦り付けて溜め息を吐く。

そう。
さっきから、綱吉は骸が気になって仕方ない。
しかも、ただ気になるわけじゃない。

触れたい。
見ていたい。
気にかけて欲しい。
もっと、自分をみて欲しい。
身体も、心も熱くて仕方ない。

(どうしよう…俺、骸に恋してるみたいじゃん!?なんなの!?なんで?だって!俺、京子ちゃんが…)

骸の気配が隣にする。
さっきから、ずっと。
骸がいる方だけに、神経が集中してしまう。

なんで?どうして?

「どうかしたんですか?」

そう声が聞こえた。
声色が少し柔らかく聞こえた気がして顔を上げる。
すぐ近くにあるその顔に、綱吉は目を見開いた。

肘あてに肘を預け、顎を支えながらじっと見詰めてくるオッドアイに綱吉は言葉を失ってしまった。

(何で…こんなに…)

触れたい。
骸に、触れたい。
骸の綺麗な目に映っていたい。


骸。






「…何のつもりですか?」

手に痛みを感じて、綱吉が骸に手を捕まれているのに気が付いた。

「あ、へっ!?な、…何?何で?」

「君…。狂ったんですか?」

骸の不機嫌な顔と、骸に乗り出した自分の体勢に自分が骸に手を伸ばしたのだと気が付いた。

真っ白だ。
もう、よく分からない。
よく分からないのに、骸が…

「む、くろ?」

涙が溢れる。
どうしよう。どうしよう。
何で?

綱吉は眉を下げた。
琥珀の瞳は水を張り。
頬を赤く染めて、唇を噛む。

「千種…犬、少し席を外してもらえますか?」

「…骸様。」
千種が眼鏡を上げる。
声に少しの緊張が含まれている事に気づき、骸が千種に視線を向けた。

「心配は無用です。僕もすぐ合流しますので」

そう言うと、何か言いたげな千種だったがコクりと頷いて「…犬行くよ。」と声を掛けた。

千種は頭を下げてると同時に、綱吉を盗み見た。
あれは、どう見ても正常な状態ではない。
綱吉はここに来てから、ずって骸をみている。
それは時間が経てば経つほど、様子が目に見えて酷くなっていくのが分かった。
頬を染め、息を早めて、蕩けるような視線を骸に注いでたのだ。
それをあの主が気付いていない筈はない。
キレもののアルコバレーノの事だ、何らかの策略なのかとも思ったがそうではないらしい。
綱吉の反応を面白がる様子でもなく、ただひたらすら綱吉の様子に気付かない振りをし続ける主の思考は理解に苦しむ。
千種はゆっくり扉を閉めて、「んあ?なんら?柿ピー?変な顔だびょん」とケラケラ能天気に笑う犬を心底羨ましいと思った。



二人の気配が遠退いたのを確認して、骸が掴んでいた綱吉の手を振り払い、ゆっくり立ち上がった。
ソファが一人分の重さを失い揺れる。
その揺れが綱吉の心を何故か冷やす。
骸の後ろ姿が、深みのある緑の背中が遠くに感じて、綱吉は骸の制服の裾を引っ張っていた。

制服を引っ張る感覚に、骸は一瞬綱吉に目を向けようとしたが、骸は振り向かなかった。

「…離しなさい。」

「あ、ご…ごめん。お、俺」

冷たい声色に、慌てて手を離すが、視線は熱を増して握っていた裾から目が離せない。


「…君、またアルコバレーノに何かされたんですか?秘弾でも撃ち込まれたとか?」

前を向いたまま、骸が呆れるように投げ掛ける。
その声が、いつもより冷たく響いて綱吉は眉を寄せる。

「や、あ…な、何もされてない、けど、」

「おや?なら、君のその様子は何なんですか?油断を誘うつもりか何か知りませんが…生憎そんな趣味はないので」

「しゅ、趣味?な、んの事?」

綱吉は骸の言いたい事がいまいち理解出来ず、それより骸の声をもっと聞きたくて、骸に近づきたくて、手を伸ばした。

骸の肩がビクリと揺れたのは、綱吉の小さく熱い手が骸の背中に当てられたから。

「む、むくろ…お、俺。」

頬を擦り寄せるように、骸の背中に近寄る熱。

綱吉は骸の背中に擦り寄る。
背中から骸の体温が流れ込むようで、綱吉は溜め息を吐いた。

安心する。
この温もりがもっと欲しいと、頭がガンガンする。

何で?
どうして?
もう、骸しか。


「むくろぉ…」

綱吉が甘く息を吐き出し名前を呼ぶと、骸はきつく目を閉じた。
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