□薄さ0.03ミリの距離
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「あの…骸様」

「何です?千種」

先程から仏頂面でソファにうつかりながら、何度めかの溜め息を吐き出した主に柿本千種は眼鏡をあげ直した。

「クロームが帰ってくる時間ですので…そろそろソレを」

千種が目線で示した先には、手のひらサイズの長方形の箱がテーブルの上に置かれている。

「おや…もうそんな時間ですか?」

千種を見ないまま、じっと机の上にある長方形に眉を寄せながら手を伸ばした。

「…また何故そんなものを?」

「…まぁ、僕らしくはありませんね」

千種の主である六道骸が手にしているもの。

それは

『薄さ0.03ミリ。業界初!』

と書かれた避妊道具。
その名もコンドーム。

眉を寄せたまま、箱を表にしたり裏にしたり、途中で舌打ちをしながら心底嫌そうに鼻を鳴らす。
その様子に千種は心で溜め息を吐き出した。

そもそも骸が何故こんなものを用意したのか?

それは考えなくても分かる。
マフィアを憎み、世界を壊わす事を目的に、最強マフィアであるボンゴレを利用する事にした。
そこで次期ボス候補である沢田綱吉に近づいた。
今思えば、主の運命は沢田綱吉に出会ってしまった時点で狂ってしまったのだろうと思う。
あの冷酷、冷徹、目的の為には手段を選ばない主が、よりによって利用しようと企んだ沢田綱吉に根刮ぎ奪われてしまったわけだ。
奪われたと言ってもあのオドオドした、何もこんなひ弱な彼にマフィアなど務まるのかと気の毒になる彼なのだから、力ずくに主を奪ったわけではない。
すっかり捨ててしまったと思っていた主の心を、敵であった綱吉が探しだし、見つけだし、照らし出してしまったわけだ。
興味が恋慕に変わったのはいつだったか…主はすっかり沢田綱吉に固執し、執着し、気が付いたらちゃっかり『恋人』になっていた。
主に「やっとです…やっと彼を手に入れましたよ!千種、犬、クローム!」と綱吉を紹介された時は、「骸様、大変言いにくいのですが当初の目的が大分違いますが…宜しいのでしょうか?」と呟いてしまったほどだ。
にこやかな主の後ろで、モジモジと頬を紅色に染めていた綱吉に最早何も言いまいと口を閉ざしたのは記憶に新しい。
あの時の主を思い出せば、それは沢田綱吉に使う為に買ったのだろうが…

「千種…」

「はい。」

「困りました」

「…はぁ」

困ったのは千種だ。
千種はチラリと主の手にある長方形を見て、時計を見た。
京子とハルちゃんと遊ぶの。と出掛けて行ったクロームがそろそろ帰ってくる。
その前にそれを仕舞うなり、沢田綱吉の元に向かうなりしてもらわねば教育に悪い。
大変悪い。

「うぁ。何してるびょん?」

「おや、犬。お前こそ何をしていたのですか?」

バタンとドアが開いて、バリバリと菓子を持ち食いしている城島犬が入ってくる。

あぁ…また面倒臭い。と千種が溜め息を吐いた。

「犬。歩きながら物を食べるのはよしなさい。ボロボロ落ちてますよ」

「大丈夫れふよー、掃除は柿ぴーの仕事だびょん」

「犬…やめてよ。掃除は自分でやってよね」

「当たり前ですよ。まったく…ほらほら、食べるなら座って食べたらどうです?行儀の悪い」

「ふぁーい…骸しゃんが言うなら仕方ないびょん」

菓子がついた手をパンパンと払い、骸の足元にちょこんと座る。

「んぁ?骸しゃん…それ」

「あぁ。これですか」

犬は、骸の手にある長方形の箱に首を傾げた。
何かを考えるように一回上を向いた犬は、キラキラしたようにニッカリ笑った。

「いよいよボンゴレに突っ込むんれふね!?」

しんと空気が止まった後、骸がふと表情を緩めると犬の頭をゴチんと叩く。

「痛いびょん!な、な、酷いびょん!!「黙りなさい!下世話な事を言うんじゃない!!」

真っ赤に染まった主が、犬に怒鳴る姿にますます千種が眉を寄せる。

「で、でも骸しゃんがそんなの用意してるの始めて…」
「煩いですね!!僕だって始めて買いましたよ!!」

そう。
六道骸は、本日始めて避妊道具を買ったのだ。
端整な顔立ちに、年齢に不釣り合いな落ち着いた雰囲気。
滲み出るような色香を持つ骸は女性経験が豊富であった。
それは過酷な世界で生きる為には仕方ない事でもあったし、秘密を暴くには女を利用するのが一番に手っ取り早いという理由もあった。
骸の見た目に落ちない女はいなかった。
そんな骸だが、女を抱いた事はあれど避妊道具など使った事などない。
必要性を感じた事もない。
元々自分自身も相手もどうでも良かった。
骸が相手をしてきた女達は、裏世界に通じる女達だった事もあり、薬を服用するなりの対応を女達自身が取っていた。
命を宿して困るのは、骸より女自身なのだ。

割りきった関係。
感情ではなく、身体だけの関係。
後腐れなく、面倒事もない。
欲を吐き出した次の朝には相手はもういない事が殆どだったし、骸が先に姿を消すなんて事も日常だった。

だが、沢田綱吉は違う。

情を交わした恋人同士なのだ。
男同士、次の命を産み出す事はない。
ないが、中にぶちまけたらお腹を下すらしい。
感染症の危険もあるらしい。
更に腰に激痛を負うらしい。

考えてみれば、受け入れる為の機能がないソコに突っ込むのだから、綱吉にかなりの負担をかける。

なら、せめて優しくしたい。
だって愛しているのだから。
閉じ込めて、誰も彼を見る事が出来ないように、自分だけのものにしたいくらい愛してしまったのだ。
むしろ一つになりたい。
細胞も、血液も、感情もドロドロにして1つのものになりたい。
死ぬ時も、巡る時も、一ミリも離れず一緒にいたい。
少しでも優しくしたいのなら、痛さがないのが一番なのだけど…綱吉の側で平然とした振りをするのもそろそろ限界なのだ。
綱吉に出会ってからは、どんなに欲が溜まっても吐き出す為に女を使おうと思わなくなった。
触れたいと思うのは一人だけで。
精を吐き出したいと思うのも一人だけ。
なら、相手を思いやり誠実にそろそろ頭を下げて事をしてもいい頃合いではないだろうかと思う。

だが、六道骸は悩んでいた。


「犬。千種…お前達はこれを使った事ありますか?」

「ふぁ?」
「はい?」

すっとんきょんな声を上げた後、犬と千種は顔を見合わせた。

ゴムをつける。
そんな面倒な事をしたことはない。
むしろ、ゴムってなんだ!?と思う。
保健体育の先生が聞いていたら、説教半日で済まない台詞だ。

「ガム…れすか?」
「犬下らないよ…」
「おバカですね。ゴムですよ。ゴム。」

眉をひたすら寄せながら、男三人で長方形の箱を眺めた。
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