□甘えん坊
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「なぁ…頼むよ」
「がぁう」

「今日だけだからさ!ねっ?」
「がう」

「いやいや、それはそうだよ。…気持ちは分かるよ?だけどさ、それは」
「がうぅ」

「…なっ!頼むって「君はいつから動物と会話出来るようになったんですか?それともただ馬鹿なのですか?」

重々しいドアを開けて、目に飛び込んで来たのは最強マフィアボンゴレの10代目沢田綱吉がライオンらしからぬライオンに土下座している姿だった。

「む、骸!?」

「がう」

呆れたような、見下すような表情を浮かべて腕を組んでいる六道骸が立っている。

その姿に驚いた琥珀の瞳と、炎のような瞳が自分を見詰めてくるのが何となく気まずくて骸は目を逸らした。
相変わらず煩い視線だと思いながら目を閉じて溜め息を吐く。

「…君は、土下座をさせる事があっても、土下座をする事はあってはならないでしょ?ファミリーの恥を晒す気ですか?」

ボスの膝が汚れるというのは、膝を付いた証。
何事にも揺らぐ事ない強さと権力の証でなければならないボスが、よくとまぁ簡単に動物に頭を下げるものだ。

「あぁ…、ごめん。」
「いえ。僕に謝られても困りますが。別に君がどうなろうと知った事ではないので構いませんよ。」

長居は無用だとばかりに、大量の報告書を机に置いて黒革のロングコートを翻して帰ろうとすれば、後ろで慌てた声が掛かった。

「ま、待てよ。ちょっとぐらい時間あるだろ?」

振り向いてしまえば、誘いを断る事が出来ない事を知っている六道骸は、そのままの姿勢で立ち止まる。

あの大きな琥珀が苦手だ。
何かを曝かれそうになる。
なにも隠しているものなどないのだけど。
フワフワと揺れる、茶色い癖毛が苦手なのだ。
思わず手が伸びてしまうから。
手を伸ばすべきは、あの細い首なのに。

舌打ちをして目を細める。

「いえ。今日は…」

遠慮します。と言おうとして、六道骸は盛大に溜め息を落とした。

骸の足にうごめく物体がロングブーツに、あろうことか爪を引っ掻けている。

「何してるんですか…」

思わず敬語。
動物に敬語。
意図したわけではない。
思わず口から出てしまった。

「がぁう」

尾っぽがフワフワ揺れている。
オレンジのたてがみが、フワフワ揺れているのが異常に苛立たしい。

「あぁ!!ナッツ!!」

走って来た綱吉に抱き上げられると、ナッツは不満そうに鳴いた。

「ご、ごめん。骸…なんか毎回」

「まったく。何故昔から君の兵器はそんなに僕のブーツをかじるんですか?君。そうゆう風に仕向けてません?」

「やっ!まさか!全然!!」

ぶんぶん首を振る姿に思わず怪訝な顔をする。

何故か昔からこのライオンらしからぬライオンは、骸が現れればテケテケと近寄り「がぁ」と鳴き。帰ると言うと「がぁぁ」とブーツを噛む。
独自のファッションを楽しむ六道骸のブーツは決して安くない。
むしろ高い。
どうしてくれる。この出費。
ボンゴレに請求書を出したら通るだろうか?

ジロリと睨むと、びくりと肩を揺らした一人と一匹が、しゅんとしているので毒気が抜かれる。
何だ?悪いのは僕ですか?
馬鹿馬鹿しい。

「あの…やっぱお茶でも飲まない?」

窺うように尋ねられて、眉間にシワを寄せながら諦めたように備え付けられたソファに腰を下ろした。

「…わかりました。でもお茶ではなく、コーヒーを。」

「う、うん!ちょっと待ってな!!」

何が嬉しいのか、へにゃりとした癖毛がピンと立ったような幻覚が見えるぐらいの勢いでライオンを置いてパタパタ足音を残して用意を始める。
その姿が、動きが、あまりに急かしいので、初めてこの光景を目にした人間は部屋の主を勘違いしてしまうだろう。

主である沢田綱吉がお茶の仕度をし、守護者である六道骸が優雅にソファで足を組んでいるのだから間違えても仕方ない。

こめかみを長い指で押さえて、ぼんやりしているとモフっと膝に何かが乗った。
あまり考えたくないが、無視をしたくても胸辺りをカリカリ掻かれては無視も出来ない。
視線を膝に落とすと、爛々とした炎と目が合った。

「がぁぁぁう」


思わず眉間にシワが寄る。
何だ?この馴れ馴れしさは!
毎回毎回、何故膝に乗ってくるのだろう。なつかれる覚えはない。
主の命を狙っている人物に愛想良くしてどうする!?
これでは、ライオンどころか番犬にもならない。

「…どきなさい」

「がぁ」

ぐったりする。
退けと言ったら腹を見せながら期待した眼差しを向けられた。
撫でろと?僕に?

「とんだ兵器ですね、君は。」

やんわりと腹に触ると、満足そうに喉を鳴らした。

「…クハ」

その姿を見て可笑しさが込み上げた。ペットは飼い主に似ると言うが

「僕は、君達の味方ではないのですよ?」

そう言うと、目を丸くして「がぁう」と首を傾げる。

堪らない。そっくりだ。
マフィアらしからぬマフィア。
丸い琥珀の瞳。
柔らかな毛質。
鬱陶しいのに、ほおっておけない。
殺したいのに、守りたい。
そんな男に。

「…君のように喋らなければ、僕も素直になれるのですかね?」

腹に置いた手を動かして、ゆっくり撫でると目を細めて満足気に足を伸ばす。

何となくあの男を撫でている気がして目を細めると、ガチャンとガラスがぶつかる音がした。



「な、な、な、な、ナッツーーー!!」




わなわなと震えている綱吉を眺めたナッツは、プイと明後日の方向に顔を背けた。

「…何ですか?煩い」

「だっ、だっ、だって!ナッツに土下座までして…っ!」

「はぁ?さっきの土下座ですか?…この状況と何の関係が?」

ぷるぷると震えて、顔を真っ赤にしながらイタズラをした子供が母親に叱られているかのような表情をしている綱吉の理由がわからない。

ただ、自分も関係しているらしい事から気にしない振りも出来ない。

「なんですか?さっさと言ったらどうです?君のそういう態度は加虐心を煽るので、うっかり槍を出しそうになる」

「なっ!ひどっ!「だったら、さっさと言いなさい」

「うっ…、だって!ナッツいつも骸の膝に乗るじゃん!」






「は……………………はぁ?まぁ、来たら乗ってきますね?どんな躾をしているのか疑問に思いますし、そもそもライオンでは「ず、ずるいじゃん!!」



「…………………はい?」


「だから!ずるい!お前…骸は、俺にはいつも冷たいのに、ナッツが甘えたら結局甘いじゃん!俺には辛辛なのにさ!だからナッツに俺の前で甘えないでって言ったのに!!」


「や、…ちょ、ちょと待ちなさい、君ね「何だよ!俺だってたまには甘えたいんだからな!!」




「あま?え…あの?君、何言ってるか分かってます?」

「あぁ?!分かってるよ!分かって…る?…っ!!」

早口で捲し立てていた綱吉の顔が、みるみる真っ青に変わったのを見て方眉を上げた。

「…クッ、クフフフ、クハハハハ!!何です?君?甘えたかったんですか?この僕に!」

可笑しい。
可笑しい。
腹のそこから笑える。
この男は、どれだけ甘いのだろう?ただの馬鹿なのかもしれない。

だけど…まぁ、悪くはない。
不愉快だが、気分は良くなる一方だ。


「わ、わ、笑うなよ!今言ったの嘘!嘘だからな!忘れろ!!ってか、忘れて!!」
「クフフ…それは出来ない相談ですね」

真っ青だった顔が、真っ赤に染まるのが事実だと言っているようだ。

あぁ、なんて愉快。




「では、このライオンを君の前で存分に可愛がる事にしましょうか?」
「おまっ…!本当に性格悪っ」

「おや?では、今のライオンの位置と、君の位置を交換しますか?」

「えっ?それって、甘えていいの?今?」

「クフ。ですが君を今可愛がっては、夜はこのライオンを可愛がらなくていけませんね?僕としては、このライオンではなく夜は君と過ごしたいのですが?…まぁ、仕方ない。では、交換し「ません!お、俺、待ってるから!今は、ナッツを可愛がってやって!」


「…では、仰せのままに。」




あぁ、今夜はきっと帰れない。
頬を染めて夜を待つ彼の体温を感じながら、今夜は長い夜になりそうだと覚悟する。
柄にもなく、こんな甘ったるい気分になってしまったのは…きっと甘い君のせい。

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