悲しき素敵な欲望

□さめた愛など欲しくない
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私と侑真の関係が明るみに出たのは、6年くらい前のことだ。
別れたのが5年前だから、最後の1年くらいは世間様公認だったということか。
当時(いや今も)己の色恋沙汰を商売にするなんて馬鹿らしいことだと思っていたし、
ボーカリストたるもの、ファンが納得するようなクオリティの楽曲を届けていれば問題ないだろう、
私は別にルックスで売ってる訳じゃないのだし、と高を括っていたのだが。

騒動(なんて言うのは大袈裟だが)の発端となったのは、デート現場を写真誌に撮られたという、なんともありふれたものだった。
確かにあの時はお酒も入っていたし、どこか開放的になっていたことも否定はできないが、たかが手を繋いで西麻布を歩いていただけなのに。
この時既に交際4年を迎えていた私達にとっては、
恋人たちがするような一連の行為は当たり前になっていたし、そこにもはや特別な意味も感情もなかったように思う。
まぁ、彼と居て、自分が人前に出る立場の人間ということを忘れていたのかもしれないけれど。



音楽と恋愛、どっちを選ぶの?
そりゃ、両方でしょうよ。
気持ちは今も変わっていない。ただ昔は、使い分けが下手だっただけだ。

熱愛記事が出て、一気に侑真の名前が世に知れ渡ることとなった。
それまで業界人や音楽好きには熱狂的な支持を得ていたにも関わらず、
世の中の大半の認識は、田辺美月の恋人、だった。


出会いは、お互いのデビュー時に遡る。
田辺美月を新世代のカリスマシンガーとして売り出したいレコード会社が、
ソングライティングの才能を見出した青山侑真に、楽曲提供の話を持ちかけたのが始まりだった。

Jazzyの異名を持つ青山侑真が作ってくる曲は、ジャズやファンクの要素を随所に取り入れた、それはそれは斬新なもので、
私は彼の世界観を損なわないように歌うのが精一杯だった。
彼の才能は、目を見張るものがあった。
周りのスタッフが、私を手放しで(少なくとも当時はそう見えていた)彼を絶賛したのも肯ける。
メロディライン、譜割り、リズム感。
どれを取っても彼は抜きん出ていた。


「青山くんって、私にないものいっぱい持ってる。いいな」

1stアルバムのレコーディングの合間、彼にそう話しかけたことがある。
そうかな?と彼は照れて笑ってみせた。

「そんなことないよ。美月ちゃんにいつも励まされてんだから、俺は。
はいこれ、差し入れ」

うまく歌えなくて少し悄気ていた私に感づいていたのだろうか。彼は私に、カフェオレを差し出した。

「美月ちゃんって、カフェオレみたいな女の子。
苦味を、ミルクみたいな優しさで包んでくれて、ほんのり甘い。俺にとってはね」
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