悲しき素敵な欲望

□さめた愛など欲しくない
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「一度、ゆっくり話してみたかったんだ」

指定されたイタリアンレストランの前に男は居て、にこやかに手を振っていた。
私より5つ年上の、36歳、既婚。
前の食事会で伝わってきた情報は、それくらいのものだ。

それにしても、私と男の温度差が凄まじい。
出された赤ワインを口に含みながら、吐き出されては消えてゆく男のプレゼンの数々を、目の前のアクアパッツァと交互に俯瞰している。

「俺、前から美月ちゃん、タイプだったんだよね」

どうして男っていつもこうなんだろうか。
本気でどうこうなろうなんて思ってもいないくせに、甘ったるい台詞を平気で口にする。

「例えば俺と美月ちゃんが、恋人同士だったとするじゃない?」

「えっ」

突拍子もない妄想に、笑いがもれてしまった。
恋人どころか、一晩さえお付き合いする気も、さらさらないのだが。

「もう、笑わないでよ。例えばの話だよ」


この男と寝るのか、付き合うのか。
そんなことは昔から野性の勘で決めてきた。
能書きなんてものは、少しも私を熱くさせない。
お金や安心感で身体がうずくのなら、私は今頃とっくに結婚できてるのではないか、とも思う。

「私、ご結婚されてる方とは、深入りしないって決めてますので」

そう言うと男は、少ししぼんだ様子を見せた。
カスタマイズした車や収入の話から、家庭の話へと、なだらかなシフトチェンジ。
少しは常識を持ち合わせていたようだ、よかった。

「すみません、私そろそろ帰りますね。今日はごちそうさまでした」

場所を変えて飲み直そうかという男の誘いを丁寧に断り、私は帰路についた。

午後10時。
好きな男との駆け引きなら、この時間辺りからがちょうどわくわくするのだけれど。
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