悲しき素敵な欲望

□このままでいつまでも続くなんて
1ページ/4ページ

街は賑わうハッピークリスマスムード。半ば強制的に並べられたLEDたちが恋人達の光も闇も照らしだし、予定調和に季節を演出している。

「もうすっかり、クリスマスだよね」

俺の半歩先を足早に歩く彼女の独りごちた呟きが雪のように舞い、
すくわれることなく地面に落ちて溶けるさまを、俺はただ眺めている。


イルミネーションから逃れるような裏路地に、ご指定のバーはあった。
そこはブルーノートでもビルボードでもなく、薄暗い照明の下で無造作にサラ・ヴォーンやビル・エヴァンスが流れている、隠れ家風を謳った平凡な空間。
仮にも世間でJazzy(ジャジー)と呼ばれ、業界でそれなりの評価を得ている俺をこんなとこに連れてくるなんて、
彼女は挑戦的なのか、それともただ無知なのか。

「雑誌とかで見つけたの?ここ」

わざと意地悪に訊いてみる。

「別にいいじゃん。それとも、気になるの?」

めんどくせぇな。毒づきそうになり、慌ててバーボンソーダと一緒に飲み込んだ。

これから始まるであろう別れ話に、アルコールが入る状況。
若干21歳の趣味とは思えない、ジャズ・スタンダードのBGM。
そして彼女のグラスにはカルアミルク。

彼女にとって大切なことはきっと、
ファッション・アンド・パフォーマンス。

「ここなら、マスコミだって追って来ないでしょう?」

私、一応アーティストだし、なんて言いながらグラスを傾ける彼女に、得体の知れない気恥ずかしさを覚えながら、
乳白色の液体が口元をつたっていくさまを、ぼぅっと見つめている俺。

あぁ…、アーティストね。きみ、ティーンのカリスマとか言われてるもんね。
名前を、白石珠莉(しらいし・じゅり)と言う。
リアルな恋愛観や前向きな歌詞がリスナーの共感を呼び、陶酔している若者急増中。
彼女の考え方やファッションを真似る若者を、ジュリエットと呼ぶらしい。


気まずい沈黙がしばらく続いたあと、先に口を開いたのは珠莉のほうだった。

「ねぇ、何か言ってよ」

「話があるって呼び出したのはそっちだろ。おまえこそ何か言えよ」

「おまえ、とか言わないで。私にはちゃんと珠莉って名前があるの」

分かりやすい愛情表現がお好きなようで。
そんな容易いことで感じてくれるなら、場合によっては俺、この上ないテクニシャンだよね。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ