短編
□耳かき
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変な音がする、とまんばちゃんこと山姥切国広が執務室にやってきた。
「変な音?」
「ああ」
何でも、自室で過ごしていたら短刀たちに引っ張り出され、遊びに付き合わされたのだという。
初期刀として戦場を駆け抜け、とっくにカンストしているとはいえ、短刀(極含む)には抵抗しきれなかったようだ。
そして鬼ごっこの鬼役をさせられていた時、聞こえる音に雑音が入るようになった、と。
本人曰く、右耳に違和感を感じるという。
「変な音ねえ。どんな感じ?」
「……ごろごろとした音がする」
「ごろごろ」
「あんたにも分からないのか」
「いや別に医学をかじったことがある訳でもないし」
こういったことに長けている薬研は生憎遠征中で、今日の夕方まで戻らない。
悩んでいる私に、彼の目に不安の色が見え隠れする。
初期刀故にこの本丸での人の身歴は一番だけど、経験したことのない事態には弱いらしい。
「うーん……その変な音が聞こえ始める前に何かあった?」
「強い風が吹いたな」
「砂埃とか立った?」
「立った」
「耳に砂が入ったのかもしれないね」
「どうすればいい」
「そんな時は……じゃーん!」
「なんだそれは」
引き出しを漁ってかっこつけて出してみたが、反応は薄かった。ちくしょう。
「……小さい匙か?なら端についたふわふわしたのは何だ……?」
「これは耳かき棒です」
「みみかきぼう」
「耳の中の汚れを取る優れものです」
「どうやって使うんだ」
「じゃあ実演してみようか。まずこれを耳に入れます」
「待て!危なくないか?」
「いやそんな深くは入れないよ?1pくらいだけ。ちょいちょいっと垢を取るだけだし」
「垢」
「うん」
困惑した表情で見つめてくる。さしずめ人間の体は一体どうなっているんだ……、といったところだろうか。
まあ今でこそ自分で平然と出来るけど、私も小さかった頃は耳かきがちょっとだけ苦手だった。
すっきりして音が聞こえやすくなるのはいいんだけど、どうしても体を強張らせてしまっていた。
「本当に大丈夫なのか……?」
「やりすぎなければね。耳かきはしなくてもいいっていう説もあるけど、場合によるみたい」
「そうなのか」
「あんまりやると傷つけちゃうからね」
「手入れじゃだめなのか」
「確かに切りすぎた髪の毛とか爪は戻るけど、今回は異物が入ってきただけだからね」
「なるほど」
「大体出陣してないのに手入れは格好悪いでしょ」
「格好悪い……」
まんばちゃんは確かにと言わんばかりの渋い表情をした。
前に鶴丸に驚かされた三日月が、その拍子に縁側から落ち、腰を痛めて手入れ部屋に運ばれたのを思い出したのだと思う。
本人は軽く「わっ!」と声をかけたつもりだったみたいだけど、顕現したばかりの三日月はたいそう驚いたという。
あの時は悪気はなかったってことで、結局不問にしたんだっけな。
「ということで、ちょっとこっちおいで」
「……分かった」
恐る恐る近づいてきたまんばちゃんを尻目に、ティッシュを1枚取って向き合う。
「あの、もっと力抜いて」
「こ、こうか」
「そんなに難しいことじゃないよね!?」
まあ気持ちはわからなくもないけど。苦笑しつつ、そっと軽く布を捲る。
「……」
……それにしても、刀剣男士は本当に顔が整っている。
まんばちゃんは綺麗だと褒められるのを嫌がるけど、実際そうなのだから、ふとした拍子にぽろっと言ってしまう。
金色の髪はサラサラだし、瞳は翡翠のようだ。服を変えれば外国の王子さながらだろうな。
とか考えてたら、「まだなのか」と催促された。そうだ、見惚れてる場合じゃなかった。
傷つけないように、驚かせないようにら慎重に耳かき棒を入れる。暫くして、大きめな砂粒が出てきた。
「終わったよ」
「もういいのか」
「さっきも言ったけど、やりすぎるのはよくないからね」
「そうか……」
「ちなみに、気持ちよく感じるのは、耳にそういう神経が通ってるらしいね。だからやりすぎる人がいるみたい」
どことなく名残惜しげなので、釘を刺しておく。気持ちは分かるけど、駄目なものは駄目だ。
それにしても耳かきか。刀剣男士にも必要なら、みんなに教えておくべきかな。
「主」
「何?」
「またやってくれ」
「……そのうちね」
たまにはこんなのも悪くない。