夏物語

□02 夏希お姉ちゃんの彼氏サン
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『・・・あれ、嗚呼。もう朝かぁ・・・』





      02:夏希お姉ちゃんの彼氏サン






『佳主馬』


隣で眠る佳主馬を揺り起こす。
んぅ・・・と少し唸ったあとに何、朝?と低血圧気味な佳主馬が覚醒を始める。

どうやらあのあと、OZでキングカズマがNEWRECORDを叩きだすのを三度ほど見届けた後、佳主馬のお母さんの聖美さんが
夕飯を食べるように言いにきてくれたらしいのだが、その前に佳主馬の膝に頭を預け眠ってしまった私を
佳主馬は起こさずに実の母へと「いらない。葉月置いてくのやだし」と一蹴して返してしまったらしい。


『佳主馬・・・、起こしてくれても大丈夫だったんだよ?佳主馬は昔からご飯抜かす癖があるから、いつも心配してるんだよ?』


私も、聖美おばさんも・・・。そう言おうとした矢先、私の言葉はそれはそれは元気な声で掻き消された。


「おーい、佳主馬ぁ!!朝飯だぞ!みんな呼んで・・・って!!?」


開け放たれた納戸の入り口からひょっこり顔を出したのは、葉月も良く知る人物だった。


『翔太お兄ちゃん!!』

「おっ、おま!?葉月!!なんで、なんで上田に!!!・・・・・って、佳主馬ぁ!!またてめぇか!!!」


先ほどのある種、彼にしては穏やかであった声をカッと奮い立たせ、佳主馬を視界に入れるや否や
掴みかからん勢いで(現に掴みかかっている)詰め寄っていった。
私は一瞬”佳主馬が怪我しちゃう”という意識に駆られ、咄嗟に翔太お兄ちゃんの腕を強く引く。が、既に成人している
現役警察官に13歳の非力な少女が敵うほど次元は容易に出来てはおらず、無駄な抵抗となって終わる。

胸倉を掴み挙げられている当の本人───佳主馬は、はて、とでも言いたそうな顔で平然と翔太お兄ちゃんに言葉を返却した。


「僕が・・・何?」

「てっ・・・めぇ!いつもいつも葉月のこと占領しやがって!!!」

「それが?悪い?」

「悪いに決まってんだろう!!!!俺だって葉月に会いたかったんだよ!!」

「あっそ。僕には関係ない。」

「くぉんのぉぉ!!!!」


目の前で鬼の形相で佳主馬を締め上げる翔太お兄ちゃんと、涼しい顔で返答している当の佳主馬を見上げオロオロとする葉月を
置き去りに、二人の言い合いは加速して行く。


「ふざっけんじゃねぇぞっ!!この野郎!」

「別に、これっぽっちもふざけてなんてないけど。」

「っ大体!4年前から葉月がぱったり来なくなったのも、どうせお前の差し金だろう!!あぁ!?」

「・・・それは、」

「葉月はな、昔から陣内家に出入りがあったし馴染みもあったんだ!!それをお前が葉月の意見も聞かずに勝手に捻じ曲げて、
 みんなも葉月も良い迷惑なんだよ!!どういう理由があっかは知んねぇけどなぁ、あんま生意気にしてっとマジでキレんぞ!?」

「・・・・煩い。」


切なそうに、機嫌が悪そう(否、明らかに悪い)にボソリと呟くと佳主馬はそれっきり口を閉ざしてしまった。
はじめは「あぁ?んだこるぁあ!!」とヤクザ張りに舌を巻いて怒鳴っていた翔太お兄ちゃんも、佳主馬の明らかな変貌振りに
「ん?な、なんだ?」と言ったなんとも言えない様な表情になって黙り込んでしまう。


「・・・・離してよ、苦しい。」

「・・・チッ」


歪な沈黙の後、静かに空間を振るわせる佳主馬の凛とした声に翔太お兄ちゃんは仕方が無いとでも言いたそうな表情で
佳主馬の薄い胸倉から手を離した。

佳主馬はそのまま、流れるように私の手を握ると「・・・・行くよ」と口に出す前に納戸から広間へと歩いた。

そのまま翔太お兄ちゃんを置き去りに、納戸から広間への無駄に長い道のりをただ無言で歩く。
握られていた手はあまりに弱かった。
いつものように強く、優しく握り締めているのではなく、”触れている”という表現の方が正しいほどに
まるで、躊躇うかのように手を添えている佳主馬が急に心配になりフッと、立ち止まってしまった。
それと同時に佳主馬も足を止める。緩すぎた手は、その反動にさえ耐え切れず自然にほどけてしまう。

静かに佳主馬の瞳を見つめる。
後ろから翔太お兄ちゃんの足音はしなかった。再び沈黙の中に溺れるのが嫌になり、私は少し焦ったように口を開いた。


『佳・・・、佳主馬!・・・あの、どうしたの?・・・ちょっと変だよ?』

「・・・別に」

『・・・そう』


勇気を出して投げかけた小さな問いにさえ答えられないほどに余裕の無い佳主馬は、葉月に返すにしては余りに素っ気無く、
冷たい返答を吐き出してしまう。その瞬間ハッとなり直ぐに何かを言って訂正しようとするも、惑いに惑い、結局は口を噤んでしまった。

その反応に佳主馬以上に惑った葉月は、解けてしまった右手を切なそうに佳主馬に差し出す。
そこから長い沈黙が訪れる。差し出された小さな手を一体どうすればいいのか、沈黙が重くなるにつれ段々と焦る佳主馬に
葉月は呟くように問いかけた。


『・・・繋いで・・・くれないの?』

「!・・・今、繋ごうとしてた所・・・」


強がるように言った佳主馬はその言葉とは裏腹に、葉月にゆっくりと近づくと、少しだけ遠慮したように指を絡めてきた。
今度はしっかりとつながれた手は、まだかすかに震えているように思えた。


「・・・ごめん、」

『え・・・?何が?』


唐突に切り出された話に葉月は首を傾げるが、佳主馬は数秒間の沈黙の後に、泳ぎ続ける目を閉じて静かに紡いだ。


「4年前から葉月をここに連れてこなくなった理由。
 翔太兄ぃの言うとおり、僕の勝手な自己満足のためなんだ・・・。」

『・・・!』

「初めは、上田だろうと何処だろうと葉月が一緒にいない場所なんて絶対に御免だったから
 栄ばあちゃん家にだって普通に葉月を連れてきてたけど、・・・・」


佳主馬はそこで口を閉ざすと、少しバツが悪そうに眉を顰めた。


「・・・・・だけど、理一さんが頻繁に帰って来れるようになって、翔太兄ぃが近くの交番に勤めるようになって、
 夏希姉ぇだって・・・」

『・・・・?佳主馬?』


動揺したように手を強く握り締める佳主馬に、葉月はどんな言葉をかければ良いのか分からなかった。
それにも気が付かないほど感情が高まった佳主馬は、少し語気を強めた。


「昔から、葉月は無駄に人当たり良いし・・・何にしたって優しいし・・・思いやりあったし・・・。
 ずっと陣内に来てる内にみんなはどんどん葉月のことが好きになる。愛着沸くし、ずっと葉月と話してたいって思うようになる。
 だって現に・・・現に翔太兄ぃは!葉月のこといつだって独占しようとしててっ、夏希姉ぇも葉月のこと溺愛してるし・・・っ、
 だから、だからっ、毎年苦しかった・・・。葉月を他の誰かに盗られそうで!」

『・・・佳主馬・・・』


いつの間にか歩みは止まっていた。
栄おばあちゃんの朝顔が昇ったばかりの太陽にさらされて、気持ちよさそうに風に揺られている。
ささやかに伸びる影に、二人は向き合っていた。


「・・・・・・僕の葉月なのに・・・・・っ」

『!!』

「ずっと・・・・葉月が隣に引っ越してきたときからずっと、葉月が好きだった。・・・2人でいる時間が長すぎて、
 告白もしてないのに葉月はもう僕の彼女って思い込んでた・・・。それで、陣内家に連れて来て、だんだん怖くなったんだ・・・」


「ホント、情けないよね・・・ごめん」と蚊の鳴くような声で呟く佳主馬に、葉月は不謹慎なほどの喜びを感じた。
そんなに、そんなに思ってくれていたなんて誰が考えていただろう?告白されるその瞬間まで、特別な気持ちを抱いているのは
自分だけだと思っていただけに、葉月は思わず佳主馬の細い体に抱きついた。


「っ!・・・・葉月?」

『ごめんね、ごめんね・・・佳主馬。私、小学校の時、突然佳主馬に付いて来ないでって言われて一瞬だけど佳主馬を疑っちゃったの。
 ホントはもう私のことが煩わしいんじゃないかって・・・。面倒臭くなっちゃったんじゃないかって・・・。』

「そんなことな『知ってるっ、・・・わかってる・・・』・・・・」

『私・・・、そんなに佳主馬に守られてたなんて知らなかった。不謹慎だけどね、凄く嬉しいの!・・・でも、でもね。
 これだけはわかって欲しい・・・。私、翔太お兄ちゃんより、夏希お姉ちゃんより・・・この世界の誰より佳主馬のことが大好きなの。
 佳主馬が1番なの!佳主馬さえ良ければ・・・それで良いの・・・。だから、・・・ありがとう』


佳主馬の体が近場の柱にトンともたれ掛かる。
躊躇ったようにゆっくりと背に手が回されると、少しのタイムラグと共に葉月の体がギュッと佳主馬へと縫い付けられた。
同調した鼓動は同じように高鳴っていた。




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