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□それぞれの普通
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狭くも広くもない私のベッドが今日は特別とても狭い。何故なら彼である木吉くんが隣で寝ているからで、お互いに向き合い距離が近く足も絡み合い息さえも聞こえそうな近さにドキドキしつつ安心も覚える。
抱き締めてくれている腕がちょっと重いけど、それくらいは気にならない程度には落ち着いている。
まだまだ残暑厳しく部屋はエアコンが付いている。寝ている私には寒く感じたのだ。


「珍しく甘えん坊さんだな?」
「違うの、少し寒いんだよ。」
「そうか?普通だと思うが…」

私とあなたの普通は違うのよ、と一言言いながら目を閉じ彼にもっと近づき、ぎゅうってすれば彼もまた頭を撫でながらぎゅうとしてくれる。

「たまには素直になってみたらどうだ?」
「そう?私は普通だと思うけど…」
「ははっ。名無しさんは相変わらずだな?」

汗と木吉くんの匂いが鼻を掠めるがそんなのは気にならない。むしろ癖になるくらい。
このやり取りは付き合ってからかれこれ何度目であろうか。変わらずこの茶番に付き合ってくれる彼が好き。私がひねくれ者で、ついそんなことを言ってしまうのを分かってて付き合ってくれているのだ。
普通だったら嫌になってしまいそうだが、彼だからだ。


「そんなとこも名無しさんの良さだぞ。可愛い。」
「普通の人とずれてるからね木吉くんは。」
「そしたら普通の人よりお前もずれてるな、俺と一緒だ」

別の人なら普通だったら私のペースなのに、木吉くんになると彼のペースになる。ずるい。
目を閉じていた私が急に目を開き、彼の口元へ一直線。リップ音だけが鳴り響き、私も彼も夢中となるのだ。


「こういうの男からさせてくれよ」
「いいじゃない女からしたって。むしろ嬉しいでしょ?」
「ああ、嬉しい。でもちょっと違うんだけどなあ…もっとしていいか」


許可しなくともすぐに唇は重なり合い手に力が入る。呼吸が乱れてきて唇が離れていき目が合い、もう一度だけリップ音もたたない軽いキス。


「…いいの?」
「普通、だったらな?それとも名無しさんがしたい?」
「まさか。」


また今度な、と頭をぽんぽんして撫でた後額にキスをされた。


「前から思ったけどキス魔?」
「バレたか。お前限定だぞ。」
「じゃなきゃ困るっての。私に夢中になってもらわなきゃね?」
「生活に支障を来すくらいには夢中だぞ?」
「よく言うよ。」
「お前が責任取ってくれるんだろ?」
「さあね。」
「そういえば寒くなくなったか?」
「……そうですね、おかげさまで。」


そうか良かった良かったと言いながら、再び抱きしめられながら頭を撫でられる。
それが心地よすぎて愛しい。自分ばかり好きになってく気がして逆に悔しく思えてきた気さえした。


「お前が好きすぎてどうにかなりそうだ。俺ばっかりお前のこと、こんなに好きになっちまったかもな。」

なによ急に、冷静に返事を返すも心を読まれたんじゃないかと表情には出ないものの、どきりとした。


「重くない?」


本人は普通に言ってるかもしれないが、私には切ない声に聞こえた気がした。


「何言ってるの?木吉くんらしくないよ。」


そう返すも無言なので顔を上げて木吉くんの顔を見た。彼もまたこちらの顔を見た。


「むしろ私のこと嫌じゃないの?ひねくれ者だし素直に言わないしこんな面倒な女。」

確かに素直じゃないな、そう言って一息入れてからまた口を開いた。


「でもそんなこと俺がいつ嫌と、面倒 だと言ったか?そうやって試すような言い方も。それも含めて名無しさんだから、愛してる。」


何もかもお見通しってわけね、そう笑いながら告げれば運命だな、と何も恥ずかしいと思ってないのかさらりとクサい台詞を言う男だ。

「じゃあ、結婚して子供でも出来たら私に似たひねくれ者が生まれてくるね。それも可哀想…」
「じゃあ、俺に似たら偽善者呼ばわりの子が生まれるかもな。それか女に重いやつ。」
「どっちも最悪ね、私達普通じゃないから。」
「かえってすっごくいい子が生まれるんじゃないか?」
「馬鹿じゃないの。」

でも普通なら嫌になるけど、このくらいの重さは私にはちょうどいいみたいだよ?
また可愛いげのない言い方をすれば

「そりゃ、最高の女だな!」


まだまだ遠い未来の話をしながら二人の愛を確かめあう日々。
 

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