木吉鉄平と私

□どうしてなんですか
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お弁当を作り続けてから二週間が経つ頃。
いつものようにお弁当箱を取りにいこうと、お隣さんの彼の家に訪ねようと玄関を出た。


なんてタイミングなんだろう?
いつもお隣さんは、本人以外の人が出入りしている気配すら感じなかっただけあって驚きが大きかった。
お隣さんは玄関で先客と何か話していた。その先客というのは女の人で、彼に何かを訴えているような目をして私の存在に気付いたのか、こちらに目を向けてまた彼に向き直る。
何を思ったのか私はこんばんは、と会釈をして自宅のドアの閉まる音を聞いた。
女の人は彼にまた来るね、そう一言呟いて立ち去った。

変な沈黙もなく、お隣さんは思い出したような顔でちょっと待っててと声をかけてきた。

「毎日お弁当ありがとうな、…あとなんか悪い」
「いえ、大丈夫です」

何が悪いと思って謝ったの?なんて聞かないよ。私はうまく顔を作れているか心配した。

「さっきの女性は彼女ですか?」
「はは、友達だよ…」
「へえ、綺麗な人ですね!」

見るからに友達なんかじゃない、女の直感が働くのが嫌になる。疑いは残るも無駄なことは言わない、そのまま戻るんだと言い聞かせる。おやすみなさいと言えばおやすみと返ってきて家に入る。





ベッドの上に枕を抱えて塞ぎこんでいたら、お隣さんからの電話が鳴った。
突然のことにベッドで正座をして背筋もぴんと伸ばし電話に出た。

「もしもし?突然ごめんな」
「だ、大丈夫です」
「明後日休みなんだが予定あいてないか?」

本当に突然で唐突である彼には驚かされる。さっきまでの出来事なんてなかったかのようにやり取りが行われる。

どうやら明後日お昼ご飯を食べに行こうと。ランチデートだ……。頬が緩む私もチョロい奴だ。学校はお休みで夕方からバイトのみなので即返事をした。

「さすがに毎回平日に弁当を作ってもらってるし、土日くらいお返しさせてくれ」

それでも足りないかぁ…と一人言のように電話越しに聞こえてくすりと笑ってしまう。
実はお弁当は土日はなしと、木吉さんからの希望があったのだ。

「明後日楽しみにしてますね。明日は頑張れそうです!」
「おう!楽しみにしといてくれ」











当日、約束の時間十時半。
デートだと勝手に思っているので張り切って勝負服を着て、メイクもいつもとは違う感じでそしてより丁寧に仕上げた。ばっちり。
家を出ると共用廊下に佇んでいた木吉さんはこちらを見て微笑んだ。

「おはよう」
「お、おはようございます…」
「今日は車で行くから取ってくる。それまで下でちょっと待っててくれないか?」

木吉さんが車を持っているという新発見に、心なしか口元が綻ぶ。
途中まで一緒に下に降りて、しばらく待っていると車が目の前に止まる。窓ガラス越しにこちらへ手招きをする木吉さんを見て、さらに胸をときめかせた。助手席に乗っていいのかな?とも考えたけど、逆に後ろに乗るのもおかしいか…まあいいか!なんて思ってた。

「今日は雰囲気違うな」
「……!?え、あ、えへへ……」

気付いて欲しかったことだったけど、不意打ちに言うなんてやっぱりこの人は…
対処出来ず話題を反らしてしまった。

「木吉さん車運転するんですね!」
「んーまあ、たまにな。ほとんど電車だってことは知っての通りだがな」
「初めて知りました。嬉しいです」
「言ってなかった?頻繁には運転しないから人を乗せる機会も無かったなー」

またこの男はちょいちょいぶっ込んでくる。初めて乗せた人が私だと?
いちいちドキドキしてしまう。確信犯なのだろうか。しかもこれから行こうとしている場所はここから一時間くらいの所。

「その場所、美味しいって話題の店なんだと。昨日同僚に教えてもらったんだよ、それでな……」

私の心を弄んでいるのかな、それとも私が意識しすぎなのかな?
まだ喋っている木吉さんを余所に私の心の中は大荒れです。頷いて話を聞いているけど、それどころじゃない……!


それからというものの、一時間という時間はとても長く感じた。間が空いてはどちらかが話し出してを繰り返して、これだけでも楽しいし嬉しい…。

「着いたぞ。まだ混んでないみたいだし良かった」
「ビュッフェ…ですか?」
「お、この店知ってたか!もしや来たことあったか」
「違うんです、この間友達に教えてもらったんです!ちょうど行きたいなって思ってたお店なんです」
「それなら良かった」

さあ行こーぜ、と店のドアを開けてくれた木吉さん。レディーファーストな一面にいちいちドキッとさせられた。

席に案内されて早速取りに行く。
隣に並んで食べ物を取っていく姿に、普段食べる量とか考えたことないくせに、見られていると意識してか手が進まない。

「遠慮しなくていいんだぞ。俺も結構食べるし…引かないでくれよ?」
「引きませんよ!むしろ私も女子のくせにすごく食べるんで…恥ずかしいです」
「食べることが好きって、恥ずかしいことじゃない。俺はいっぱい食べる女の子、好きだぞ」


たぶん、いや私の顔は真っ赤だ。
好きという単語だけに反応しちゃう私、アホなのかな……!

「これ美味しい!これも美味しい…」
「……木吉さんとランチが取れて、しかもこんなに美味しいお店だし!幸せです」
「そう言ってくれると連れてきた甲斐もあるなあ、ありがとう」
「こちらこそありがとうございます」

飲み物を手に取り顔を俯かせ、彼の顔が視界から消えた。
あ。そうだ、と声がして顔をあげるとひらめいたような顔の木吉さん。

「夕方からバイトだろ?送ってくよ」
「え?!あ、いいですよ!そんなに気を遣ってもらわなくても…!」
「飯だけじゃ俺の気持ちがな。頼むよ」

でも……、と続けるも折れない木吉さんに負けてバイト先まで送ってもらえることになった。







「何時頃終わる?」
「23時です」

頑張れよと応援をもらって今日はまた一段とやる気が出る。でもこの一時間の帰り道が終わらなければいいのに。行きよりも短く感じてしまう。

「本当に今日はありがとうございました」

あっという間にバイト先まで着いてしまう。世間話、どうでもいい話を聞いて話してくれた時間があまりにも楽しすぎた。



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