桜花乱舞

□第弐拾肆話〜解かれる者〜
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【八瀬の郷にて】


君菊「姫様」


姫様、と呼ばれた彼女は蝋燭の灯りに照らされてその方向を見る。
その瞳は静かに黄金色に染まっていた。


千「君菊」


千姫は君菊の名を呼ぶと苦笑しながら笑った。
その笑みは儚いというより今にでも壊れてしまいそうな笑みで。


君菊「なんでございましょうか…姫様」


千姫の前で傅いた君菊は主の命令を待っていた。
蛾は蝋燭の光に群がるように…飛び込み消える。


千「そろそろかな、って思うの」


君菊「そろそろ…とは?」


千「翡翠さん…いえ、翡翠姫のこと」


君菊はそのことを言われるとバッと顔をあげて
主の方を見る。その顔つきはとても真剣だった。


君菊「千姫様…失礼ながら…ですが…まだ幾分か早いような気がしますが」


千「それがね…翡翠さんの記憶を閉じていた封印が…弱まりつつあるの」


千姫は何かの気配を感じ取っていたのだろう。
翡翠の記憶を解けるのは…兄である一と…八瀬家のみだった。


"鬼に関わる記憶は全て封印"してある。
封印は急速に解けつつある。


千「もう、封印を解いていい頃だと思うの」


千姫はある本を君菊の前に差し出した。
臙脂色の表紙…そして、その上には達筆な文字で鬼伝幻と書かれていた。


君菊「…これは鬼伝幻」


鬼伝幻…それは、この国に住む鬼の末裔を記したもの。
鬼の歴史が書かれているといってもいぐらい古い文献。
これがあるのは…かつて、飛龍翔と呼ばれた一族が持っていたもの。
一つは行方不明、もう一つは…八瀬の郷にあった。


千「ここには、鬼ノ掟が全て書かれているわ…」


鬼ノ掟は鬼の一族が護らなければいけないもの。
それは当主であれども絶対の存在。
はぐれ鬼に関することなど…内容は様々で。
千姫は頁をめくる。
鬼の掟最後の条項目にあった文を君菊に見せた。


――若し、飛龍翔滅びし時、代わり成る者…八瀬の女鬼…。


――八瀬のもの、仮初の姫と成る可。


千「…私は…仮初の姫よ…翡翠さんが戻るまで」


君菊「私は…姫様が唯一の…主人にございます」


千「…それでも、四家の中では姫扱いよ。
でも、私にはやるべきことがあるわ」



千姫の瞳は強い光を宿し君菊を見据えた。



千「…雪村家の生き残り…千鶴ちゃんに鬼だと告げる事…」




――そして、



千「翡翠さんの記憶を解くことよ。
行きましょう…京都…西本願寺へ」
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