桜花乱舞

□第弐拾参話〜桜舞ウ別レ〜
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千鶴と私は土方さんの部屋で寝泊まりをしていた。
だいぶ傷も癒えてきてはいるが…。まだ歩くだけで響いてしまう。


翡翠「春の夜風が…気持ちいな」


屯所に咲く桜を見ながらそう言う。


伊東「おや…西園寺君じゃありませんか。お体の具合はいかがかしら?」


こんな時間に彼が居るのはとても珍しかった。
そして、何故か後ろには平助と兄上がいたのだ。


翡翠「ええ。ご心配痛み入ります…。それより…伊東さん、平助と兄上を連れてどうされましたか?」


そう聞くと伊東さんはいつも通りの笑みを浮かべながら。


伊東「――さぁ、私にはわかりかねますわ」


そう言いながら伊東さんは場を去っていってしまった。
平助は私の顔を見てふいっと逸らした。
兄上は静かに私を見据えて私の頬を撫でて、腕を引き寄せた。



翡翠「兄上…、どうされましたか?」


一「翡翠…傷は…大丈夫か?」



いつも通りの兄上。ただ、その表情には翳りが見えたような気がした。



――気のせいだといいのだけれど。



翡翠「あに…うえ?」



一「何を泣きそうな顔をしている…俺はお前の傍からは離れぬ。だから、安心しろ」



平「翡翠、大丈夫だぜ!行こう一君、土方さんに怒られちまう」



一「…嗚呼。おやすみ…翡翠」



兄上が私の頭を撫でると二人は行ってしまった。






*





一は平助と別れると、土方の部屋へと入る。
灯りに照らされた土方の横顔は非常に厳しいものだった。



土「斎藤…すまねぇな…お前にこんな役目させちまって」



一「いえ…俺は新選組の為なら何でもやります」



斎藤は間者として御陵衛士として離れることが決定した。
このことは明日の会議で幹部皆に知らされる。
長い間…新選組を抜けることになる。



一「俺は……新選組隊士です…忠誠は変わりませぬゆえ…」



そういうと土方は苦笑した。



土「いいのか…西園寺のことは…彼奴を連れてってもよかったんじゃねぇのか?」



妹である翡翠の名前が出たとき、膝の上で固く拳を握った。



一「――翡翠は…」



頭に過った幼少期の可愛い妹。
にぃさま、と俺を追いかけながら着いてきた。
そして…あの出来事以来…翡翠はどこで暮らしているのだろうと…
毎日、毎日、毎日思っていた。



――翡翠、お前は今…何処で何をして暮らしているのだ。



江戸に居た時、旗本の子を誤って殺してしまった。
そして…流れに流れ着いた多摩。昔、故郷があった場所。


久しぶりに訪れてみれば聞きなれた声、見慣れた瑠璃色の髪の毛。
空のように澄んだ瞳は…見間違えることなく…其処に居たのは翡翠だった。



一『翡翠…か?』



翡翠『………あに……うえ…』



俺を見るなり翡翠は大粒の涙を流していた。
泣き虫なくせに…人に甘える事が苦手で、構ってほしくても…構ってといえなくい妹。


そんな妹が――愛しい、と。



一「土方さん…間者の話が入ったとき…俺は…迷いました…翡翠も連れて往きたいと」



土方は静かに斎藤を見つめる。



一「翡翠は俺が居なくなってしまえば…取り乱すことは確実」



土「…総司とお前に支えられてるようなものだからな西園寺は」



仲のいい兄妹。妹は兄が大好きで、それでも恋人も大好きで。
両方から溺愛されていた彼女は一つ大きなものを失うことになる。



一「ですが…これも何かの宿命ゆえ、俺は…翡翠から離れます」



すまぬ、すまぬ、翡翠よ…これは…隊の為なのだ…。


血は繋がっている、同じ空の下にいる。



一「それに…翡翠には…総司が居ます」



土「ああ…あいつなら大丈夫だろう…な」



絶大な信頼を置く総司に…妹を託す。
そして…斎藤は総司の居る部屋へと向かった。
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