十人十色
□あの日の涙。
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「国っご飯!」
「騒がしい!手を洗ってからにしろ!」
何時も通りの日常が在る事を幸せだと感じる事は何度だってある。
目の前に居る幼馴染は…それを分かってくれているのだろうか。
付き合いの長い翡翠は幼い頃に両親を殺され以来ずっと一緒に育っている。
「久々に授業やったけど…やっぱり教えるのって楽しいね」
無邪気に笑いながら久々に仕事をして喜んでいた。
全く、暢気なものだ。
此方は何時も内心冷や冷やしていることに気付いているのか。
「楽しければ善いだろう」
どうやら体調は頗る善いらしい。
此処数日は滅多な発作もです…異能発動時にも過呼吸は無い。
ほっ、と細くため息をついた。
机に座り…目の前に居る翡翠は食事を目前にして笑っている。
「安心した」
「何が?」
きっと…お前は知らないだろう。
どれだけ俺が翡翠に振り回されているかを。
幼少期からの付き合いとは言えど進展しない関係に太宰に突っ込まれた。
判っている…今のままではよくないと。
「…ふっ」
「国…?さっきから変だよ?頭壊れた?」
「黙っとけ」
低い声で叱れば肩を竦めて箸をすすめる。
流石に言い過ぎてしまったか…?
不安になりながらもいつも通りの日常が過ぎていく。
*
「ん…?桜?」
片付けている際に現れた桜の花弁は鍋に落ちてふわりと消えた。
機嫌が善いのかと呆れつつ風呂場から聞こえてくる鼻唄に酔い仕入れる。
刹那、勢いよく水音が響いた。
「はっ…ぁっ…うっ…はっはっはっ」
心臓がざわりと音を立てた。
「――翡翠っ」
戸を勢いよく開け中に入れば両手を喉元に充て苦しみから逃れるように
己の喉を締め付けていた。
皮膚がめくれあがり、下から滲む赤い血はお湯ににじんで消える。
「はっはっはっはっ」
過呼吸になり始めていて急いで浴槽から出す。
呼吸は先程より落ち着いているように見えるが…顔は白くなりかけている。
一体…何があったのだろうか。
「翡翠、翡翠しっかりしろ!」
白い裸体を抱えている事はこの時頭になかったが
後々、叱られるのはまた別の話だ。
俺は翡翠を抱え布団に寝かせた。
横たわる翡翠の腕は桃色に染め上げられていた。
「――今はそんなことをしている暇ではないだろう!?」
己の飛びそうな理性に云い聞かせ何をすればいいかを考える。
嗚呼…そうだ。服を着せなければ。
服を着せて呼吸が落ち着いたことを確認して隣に寝転がった。
「……ん……国?」
「目が覚めたか?」
空色の瞳は俺を映し、手を伸ばしてきて頬に触れてきた。
ぺたぺたと存在を確認するように。
「国っ…国っ」
表情を歪ませて涙を溢す。
目の前に居る幼子は…何を思って不安になったのだろう。
国木田は己の頬を触る翡翠の手を掴み
口元へと持っていく。
「…大丈夫…俺は此処に居るだろう?」
指先に接吻を落して視線を上げてみると…。
「―――――っ……」
翡翠は顔を真っ赤にしていた。