綴手記〜色彩ノ華〜

□変わらぬ蒼空
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夏も終わり、涼風が本丸内を吹き抜ける。
虫達の命の合奏が始まる夜、翡翠は湯浴み姿で縁側に座って転寝をしていた。


脳裏に思い浮かぶは新選組の隊士として過ごした日々。
あの頃は毎日が充実していた。
ふざけ合っては怒られ、怪我しては心配されの繰り返し。
そんな日常が――あの頃、幕末にはあったのだ。


「主よ」


「ん…麟翔かどうした?」


かつての愛刀、櫻華麟翔が桜色の髪を靡かせながら隣に立つ。
季節でもないのにふわりと香った桜の匂いは遠い過去を思い出させる。


「隣、宜しいですか?」


遠慮がちに聞かれ翡翠はふっと笑いこくりと頷く。
反応をみた麟翔は隣に座って、羽織っていた打ち掛けを湯浴み姿の翡翠の肩にかけた。



「良いのか?麟翔よ…三条の元にいなくても」



「妾は今宵、主と語りたいと思っている」



薄く笑う麟翔に魅入った翡翠。
まさか、己の刀とこうして語る日が来るとは思ってもいない。


身体を得て、言葉を交わすことは幾度となくあった。
しかしこうして時間があるときにゆっくりと話す時間は無かった。


これもまたいい機会だろう。



「我が愛刀――櫻華麟翔刀よ今宵は何を語ら逢おうか」



先祖代々の刀――彼女が知る記憶は先代からの記憶を紡いでいる。
麟翔自身は生まれる前の出来事を知らない。



「そうだな…新選組にしよう」



風が凪いだ
月明かりに照らされた麟翔の瞳は本来の碧色から淡い桜色に光る。
嬉しそうに瞳を細めて我が子を見るような目で麟翔を見つめた。



「なぁ、主よ」



「なんだ麟翔」



空を見上げて手を伸ばす麟翔は月を見上げながら言葉を紡ぐ。
翡翠が知らない鬼の歴史を淡々と語り始める。
かつては三日月宗近と肩を並べていたこと、鬼の当主が織田・徳川に使えていたこと
関ヶ原の合戦時に力を暴走させ五十鈴を破壊寸前にまで追いつめたこと。



「そして…主が誕生した」



「私が誕生したとき父上と母上…兄上はどのような顔をしていたのだ」



翡翠の記憶に残っている父と母の記憶はもう霞みがかっていて顔も思い出せない。
人々が逃げ惑う中、兄と自分を逃すために犠牲になったのだ。


「眼差しはとても、暖かった…兄君である一も…恐る恐ると主に手を伸ばし触っていた」



「そうか」



心に火がともる感覚を覚えた。
ああ…朧でも愛してくれていたのだと。
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