綴手記〜色彩ノ華〜

□睦月〜大寒〜
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「…今日は底冷えするな」


翡翠は布団の中で呟いて寝返りをうって外の方を見る。
障子の隙間からわずかに見える本丸の池は凍りついていた。


「さてと」


掛け布団を剥がして起き上がれば部屋を満たす冷気が身体を震わせた。
早く正装に着替えて暖を取らなければいけない。


「ん…?」


ふと目に入った暦を見て今日の日付を確認した。
日付の下には【大寒】と書かれている。


「そうか…だからこんなに寒いのか」


きっと本丸の皆は起きてくるのが遅いだろう。
しかし…けさ早くから厨房で物音がしたことを思い出す。


「味噌汁…?」


鼻を掠めた白みその香りは食欲をそそる。
忙しい足音がして勢いよく翡翠の部屋の障子が開かれる。


「はっ…はっ…主っ」


嬉しそうな顔をした獅子王は麟翔の顔を見るなり満面な笑顔を見せる。
冬とは思えないほどの軽い恰好で頭の上には雪が乗っていた。


「おはよう。獅子王」


「おうっおはようっ主」


翡翠は獅子王に自室に入る様に促す。
急に室内に入れられたためか彼の顔が段々と強張り
先程とは違う、表情が固まってきていた。


「…っ」


獅子王は青灰色の瞳を麟翔にむけて穴が開くほどに彼女を見つめる。
其処まで真面目な話をするつもりではないのだけど。


ただ、雪がついているぞ、と云いたいだけなのに。
こうして…部屋に一人いれるだけで緊張するとは思ってもいなかった。


「獅子王」


名前を呼び、こちらに来るよう手招きをする。
びくりと肩を跳ね上げて畳に手をつけながら麟翔の方へと向かった。


「…っなっ、何?」


「そんな固くならなくてもよいぞ」


彼の綺麗な金色の髪に触れる。
力強く目を瞑る彼が愛しいとさえ思った。


じんわりと広がる雪の冷たさは麟翔の心を溶かしていた。
指先の雪は体温で溶けて消える。


「…え?」


「雪が…着いていたぞ?外で遊んでいたな」


「遊んでた」


「元気がいいのはよいことだ」


獅子王の頭を撫でると彼は嬉しそうに「へへっ」と笑う。


「朝餉の支度はできているのだろう?今日は特別だ。獅子王、共に朝食をとろうではないか」


翡翠の誘いに獅子王は一瞬首を傾げたがすぐに
にっこりと笑って大きな返事をした。
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