祠堂学院在学中
□木漏れ日は雪のように
1ページ/4ページ
広大な敷地をとりまく雑木林は四季折々でその趣をかえる。
まるで幽閉されるかのような山の中腹で、青春の一ページを過ごす若人達を慰撫するがごとく。
春は桜、山吹、藤、そして新緑の緑。
夏は鬱蒼とするほどの濃緑。
秋は唐紅の楓、黄金の銀杏。
そして冬は──
すべてを覆う銀世界。
木漏れ日は雪のように
初雪は一ヶ月くらい前に降っていたが、本格的に積もるほど降ったのは初めてだった。
全国各地から集まってくる祠堂の学生たちは雪への思いもそれぞれで、雪にちなんだ子供の頃の思い出が今朝は食堂のあちこちで語られていた。
オレにとってはセントラルパークを白く覆いつくす雪と、スキー場で蹴立てる煙のような雪がなじみのものだ。
「こんなに積もってるのに学校へ行くのかよぉ」
しかも、まだ降ってるし!と、降り積もっていく雪を見やって大げさに騒いでいるのは隣のクラスのヤツらか。
「遭難したりしてな」
「これくらいで遭難するようなら、シーズンには凍死だな」
あまり雪の降らない地方出身の一年生の会話に、三度目の冬を迎えた三年生がからかっているのが聞こえる。
「俺の地元も雪なんか降らないですからねぇ。最初はマジ遭難するかと思いましたよ」
南房総出身だという二年生の言葉にオレは不安をかきたてられる。
──アイツは大丈夫だろうか?
スチームのおかげで教室内は暑いくらいだが、曇ったガラス窓の向こうでは次から次へと雪がふりしきり、校庭を白く覆っている。
窓の外に視線を投げるふりをして、その手前のある横顔を見ている。
横顔といっても、この位置から見えるのは形のいい耳とつややかな黒髪に見え隠れする細いうなじと、かろうじてラインが辿れる頬くらいだが。それでも惹かれて、見つめずにいられない。その声に耳をすませずにはいられない。
「雪ってほっとけば融けるもんだと思ってたよ」
そうだろうな、静岡出身だもんな。
自分に向けられたわけでもない言葉に胸の内で相槌を打つ。
「ほっとくと大変なんだぜ。凍っちゃうとすべるし。雪かきって言うだろ、雪のうちに掻いちゃわないと、氷になると手がつけられないんだ」
実際に言葉を返すのは同室者の片倉利久。オレの嫉妬心を刺激してやまない存在。
手負いの獣のように周囲を威嚇し、誰からも孤立している──いや、孤立しようとしているけれど、さすがに同室者にまではそのバリアを張り続けることはできないようだ。
「きっと託生なんて転んでばっかりだぜ」
「失敬だな」
からかう片倉に気負いなく返す笑いを含んだ声。
421号室ではそんな風に自然な会話をしているのか?
自分を置き換えて想像してみる。
寮の部屋で二人、今日の授業のこと、どうってことない雑談や学内の噂話、CDや本やちょっとした小物の貸し借り、誘いあって向かう食堂、etc.etc.……。
いつか夢で見たように、オレを振り返って笑う──。
あぁ、片倉のヤツ、羨ましすぎる。
「どうした、ギイ?」
思わずついてしまった大きなため息を聞きつけて、章三がオレの顔を覗き込んだ。
「いや、良く降るなぁ、と思ってね」
「昼までには止むって予報では言ってたけどな」
「帰りまでに止むといいな」
オレはかまわないが、雪に慣れていないアイツのために、心から願わずにはいられなかった。