祠堂卒業後(未来捏造)
□誓いは星の瞬きの中
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カタカタと小さな音をたてて指がキーを叩く。
それにあわせてノートパソコンの液晶画面はアルファベットの羅列を表示していく。
あらかじめもらっていたファイルからデータを抽出、コピー&ペースト。余分なスペースをドラッグしてデリート。
──こんな風にオレ達の間にまたがる距離をデリートしてしまえればいいのに。
たくみ。
たった三つのその音が甘くオレの脳髄を刺激する。
託生の声。
託生の匂い。
託生の体温。
まざまざと甦る記憶の奔流にまきこまれそうな思考を、頭を振ってリセット。ディスプレイに目を戻す。
アルファベットの羅列を追っていくうちに、ひとつの単語に出会った。
懐かしい地名。
夢のような幻のような三年間を過ごした、あの場所。
途端に湧き上がる、普段は極力押し殺している慕情。
蜜月のような祠堂での日々。
あの頃のようにお前だけを見つめて生きていけたら……
ダメだ。
さっきから託生のことしか考えられない。
託生不足も限界だ。
こっちじゃまだビジネスタイムは始ったばかりだというのに、どうにもやる気がおきない。
いま日本時間では……まだ託生は起きているだろう。
ワイシャツの胸ポケットから取り出したケータイのボタンをプッシュ。
無機質な呼び出し音は単調になりひびく。
どうした? 何故でない?
漠然と感じていた不安がコール音を数えるごとに膨らんでいく。
まさか、さっきから託生の顔ばかりちらつくのは、虫の知らせというやつなのか?
既定の回数だけ鳴ったあと、無機質な音声が留守番伝言サービスに切り替わったことを告げる。
「託生」
気配さえ伝わらないテープを相手にメッセージを残す。一方通行の伝言であっても、せめてオレの想いが伝わるように。
親指でボタンを押して回線を切る指をそのままボタンに滑らせて島岡を呼び出す。
「成田までのチケットをとってくれ。もちろん一番早い便で」
「……成田から先の手配はどうしますか?」
返答までに間があったのはため息を飲み込むためだろう。
「航空チケットだけでいい。あとはどうにでも……いや、車を成田に手配しておいてくれ。運転手はいらない」
成田から高速を飛ばせば託生が住む街まで二時間くらいか。公共交通機関を使った場合の時間を概算して、やっぱり車だと判断する。
「事故なんておこさないでくださいよ」
「気をつけるよ」
感謝を込めた返事には笑いを含んだような吐息がひとつ。
「託生さんによろしくお伝えください」
「了解」
標準装備らしいカーナビを操作して、託生が通う大学へと走らせた。この時間ならまだ授業中だろうか。先にホテルへ連絡して…
と、思ったとき、カーナビの小さな液晶画面に「H」のアイコンを見つけた。へぇ、こんなところに、と思ってハンドルを向ける。小さなビジネスホテルだが、立地条件は悪くない。
駐車場に車を止め直してから──チェックインしようとしたらまだ時間じゃないと断られた。仕方ないので、予約だけした。車は停めておいてもかまわないそうだ──オレはケータイを取り出した。
──出ない。
おい。まさかほんとに何かあったんじゃないだろうな?
いやいや、講義中なら電話に出られるわけないだろ。
ちゃんと昨夜のうちにメールをくれていたじゃないか。託生には危険なことなんか何ひとつ起きてない。それはわかっているのに。
相変わらずオレは託生依存症から立ち直れていないらしい。
苦い自嘲が喉を振るわせる。
時間が空いたのならメールの一本でも売っておけばいいのに、何もする気がおきない。
こと託生に関しては自制が聞きにくいなんてもんじゃない。託生に会うためなら、託生と一緒にいられるためなら、オレはどんなことでもするだろう。
使える手札は何でも使い、どんな手段をとることも厭わない。
それをしないのは、ただ、託生がそれを望まないからだ。
だからオレは、大学と仕事をこなしヒマを見つけては日本へ─託生の元へ通うという、託生が想像するとおりの日常をこなす。
託生がオレに求める姿が、託生が思う『崎義一』の姿が、まっすぐな託生がまっすぐに信じる『正しい人として』の姿と重なっていられるように。
託生に見捨てられないためじゃない。
託生に呆れられないためじゃない。
例えオレが道を外れても託生はオレが正しいと信じてくれる。
だからこそ、オレはまっすぐに生きねばならないのだ。
託生が無意識にオレに嵌めた枷、オレの指針。
そのままどれくらいそうしていただろうか。
携帯の振動が託生からの電話を告げるまで、オレは車の中にぼんやり座っているだけだった。
本音を言えば、足早に正門に向かってくる託生を見つけた時からそうしたかった。
まだ講義もレッスンもあるから、という託生にムリヤリ大学での待ち合わせを承諾させた。
一分でも一秒でも早く託生に会いたいから迎えに行く、と言えば、きっと真っ赤になっているに違いない声で「もうっ」と怒っていたけれど、それがオレの本音だってこと、わかっているんだろうか。
近くで夕食をすませ、今度はきちんとチェックインをすませ、ようやく託生を抱きしめる。
「託生」
何度抱きしめても足りることなどないのだろう。
「ギイ…」
何度キスを交わしても飽きることなど決してない。
「託生、愛してる」
これほどまでにお前に執着しているオレに呆れずにいてくれるか?
未来がどこに続いているのか、そんなことはわからない。
それでも、お前と一緒にいたい。
それは、もう、オレにとっては絶対で、唯一なんだ。
だから、何があってもこの手を離さない。
誓うよ。
抱きしめる腕の力に。
背中に回される腕の力に。
何度だって、何にだって誓える。
fin.
2009/07/07
+++after+++
「この手を離さない」のギイ視点のおはなし。
今夜中のアップは諦めていたのだけど、やっぱりこれはセットでアップしなければ意味がないかな、とがんばって見ました。