祠堂卒業後(未来捏造)

□二度目の蜜月
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 君のすむ大陸、君の住む国。
 君のいる、空の下。
 君が踏む、大地の上。
 いま、ぼくは降り立つ。




【second time honeymoon】
二度目の蜜月





 八月下旬。晴れ。
 飛行機の小さな窓からみえる小さな景色が、一面の薄い灰色の雲から海と陸地に変わる。
 いつの間にか随分と高度を下げていた機体が、ぐんぐんと地面に近づいていく。
 窓際の席の武田がぼくの視線に気付いたのかふいに振り返った。
「とうとう来ちゃいましたね、葉山さん」
「そうだね」
 緊張した面持ちの彼は今回のメンバーの中で唯一海外渡航経験がないのだそうだ。
「うわー、どうしよう、俺」
 どきどきしてきちゃったよ、と胸を押さえる姿は高校二年生の少年らしく、思わずぼくでさえ『お兄さん』してしまう。
「大丈夫だよ、別に未知の生物が住んでるわけじゃあるまいし」
「そりゃそうですけどぉ」
 やっぱ葉山さん、大人だなぁ、だなんて感心してくれるのがくすぐったいけど、少し嬉しい。

 ぼく、こと葉山託生は、山の中腹にへばりつくようにたっている祠堂学院を卒業したあと、都内の音大に進んだ。
 ぼくにとって唯一無二の存在である、恋人のギイ、こと崎義一は卒業後アメリカに帰り向こうの大学に進学したから、現在はとんでもない遠距離恋愛中、ということになる。
 しかし、これから一年間、ぼくは彼のいるアメリカで暮らすのだ。
 あいにく、彼の家のあるニューヨークではないけれど、同じ北米大陸の東海岸。太平洋が間に横たわるよりははるかに近距離になったのだし、学業だけでなくビジネスにも忙しいギイはアメリカ中を飛び回っているのだし、きっとそのついでにでも会える機会もあるはず。
 それを励みにぼくは大の苦手なれど避けては通れない、英語漬けの日々を送る覚悟を決めたのだ。
 世の中には『思わぬ展開』ということがよくある。
 そういえば、初めてアメリカに来たときもそんなことを思っていたっけ。


 三週間ほど前のことだ。
 学生課に呼び出されたぼくは、高等部から呼ばれていることを告げられた。
 ぼくの通う大学は、初等部から大学院まであるエスカレーター式の学校で、高等部にはもちろん、音楽科がある。
 大抵の学生はそのまま進学してくるので(ぼくのような外部生の方が珍しい)高等部はなじみの場所なんだろうけれど、ぼくにとってそこは未知の領域、未開の密林へと踏み込むような覚悟(大げさ?でも気分はそんな感じだったんだ)で、高等部へと足を踏み入れた。
 事務室で用件と名前を告げると、1階奥の進路指導室に通された。
 同じ進路指導室でも祠堂のそれとは随分と様子が違う。ものめずらしさにキョロキョロしていると、現われたのはいかにも「教師」といった感じのスーツ姿の男性と京古野さん。
 馴染みの顔にほっと息をつく間もなく、ぼくは二人から留学をすすめられていた。
 高校生を対象にした、英語習熟のための語学留学。
 参加予定だった生徒の一人が家庭の事情で急にキャンセルになったそうだ。その穴埋めに選ばれたのが大学三年生のぼく、というのは、ちょっと情けない、と思うべきなのか、京古野さんが与えてくれたチャンスを喜ぶべきなのか。
 複雑な気分で悩むぼくの背中を押してくれたのは、京古野さんから話を聞いた、と電話をかけてきてくれた佐智さんだった。
「託生くんは耳がいいから、頭で理解しようとするよりも、現地で英語に囲まれてしまったほうがきっと上達がはやいよ」
 佐智さんは、そう言うと、義一くんも喜ぶと思うよ、とぼくにとっては決定的なヒトコトをかけてくれたのだ。
 そして、祠堂を卒業してからも機会があるごとにぼくに気をかけてくれる赤池章三氏は、「行って来い、行って来い」と、まるで野良犬を追い払うような手付きでひらひらと手を振った。
「これからしばらく僕は就職活動で忙しくなるからな。葉山の面倒を見るヒマなんぞないから丁度いい」と、言葉だけきけばとんでもなく友達甲斐のない言い方だけど、もちろん、それが彼流の励ましであることを疑う余地はない。
 そして、親の説得やら渡航準備やらあちこちへの連絡やらで、三週間はあっというまに、それこそ、矢のように日が過ぎて、ぼくは機上の人になったのだった。



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