祠堂卒業後(未来捏造)

□空洞の春
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 新しい学年が始って、階段長に選ばれてしまった俺はずっとなんだかばたばたしていた。
 春休みの間、アラタさんのいない祠堂でうつろな日々を送るのだ、だなんて落ち込んで悲愴感に取り付かれていたのに、そんな余裕はどこにもなかった。
 階段長って、ようは雑用係なんだってことが良くわかりました。ハイ。
 俺ですらこんななんだから、ギイ先輩の場合はとんでもなく多忙だったんだろうなぁ。
 それでも新入生が入ってきてニ週間、ようやく少し時間があいて逆に俺はとまどってしまった。

 今までずっと忙しくしていたせいか、ふとぽっかり空いた時間に何をしていいかわからない。
 去年までなら、空いた時間はアラタさんの元に駆けつけていた。
 教室を移動するアラタさんや、食堂に向かうアラタさんを見つけては駆け寄っていたのに。
 教室、廊下、階段、生徒会室……。
 どこを見渡しても、そこにいたアラタさんの面影がよみがえってきてやりきれない。
 校内の風景はひとつも変わらないのに、そこにアラタさんがいない。アラタさんがいない部分だけぽっかりと空洞があいているような気がする。
 覚悟はしていたけれど、取り残されたような気分が重く圧し掛かってくる。


 祠堂のサハリンと呼ばれる温室。
 どこにでもあるアラタさんの面影から逃れるように、結局、学校の敷地のとんでもなくハズレにあるここまで足を伸ばしていた。
 大橋先生が使用しているのであろう園芸用具が出されたままの温室。校内でみかける大橋先生と同じく三月までとなんのかわりもなかった。
 季節がいくら変わろうとも、訪れる人が増えようが減ろうが、大橋先生はまるで何も気にしていないように見える。
 毎年三月に三年生が卒業していき、四月に新入生が入学してくるのだから、教師にとってそれは当たり前のことで、ことさら気にするようなことじゃないのだろう。
 でも、俺にしてみれば──。

 日向で丸くなっていたリンリンが侵入者の気配に目をあける。去年一年足しげく通った甲斐あってか、リンリンは逃げることも警戒することもなく、また目を閉じて昼寝にもどる。
 リンリンにとっても、ここに訪れる人が入れ替わってもたいしたことではないのだろう。

 アラタさんだけじゃない。
 バイオリンの音色が聞こえることは、もうない。
 葉山サンもギイ先輩も、赤池先輩も、もういない。
 剣道部の先輩も野沢先輩も、みんなみんな卒業していってしまった。




 ちりん、とリンリンの鈴がなる。さっきまで丸くなっていたのにいつのまにか起き上がり、身を翻して温室の奥へと走り去った。
「リンリン?」
 そこでようやく俺は人の気配に気づいた。
 大橋先生ならリンリンが逃げるわけがない。誰だ?
「あ…真行寺先輩」
 大きな葉っぱの影から現れたのはイッコ下の後輩。ブラバンの、確か高橋とかいうやつだ。
「あの」
 俺がここにいたんでびっくりして、でもチャンス、とでも思ったのだろう、意を決して、という感じで口を開いた。
「真行寺先輩が好きなのは、三洲先輩なんですか? それとも葉山先輩なんですか?」
 まっすぐに俺を見上げる。
「……なんだそれ?」
 一瞬の驚愕が返事に間を作った。その時間が気に入らなかったのか、高橋は俺を睨みつける。
 祠堂に入学したときから、それこそ初日の入寮日からずっと俺がアラタさんを追いかけていたのは周知の事実で、だからこそ270号室をちょくちょく訪れていても、「真行寺のヤツ、よくやるよな」「あそこまで一途だと、けなげを通り越して哀れだよな」だなんて仲間には言われたりしていたのだが。
 なるほど、去年の俺の行動だけ見れば、温室に入り浸っていたこともあって、高橋のように思うやつがいてもおかしくはない。
 だからって、俺はアラタさん一筋だ、と教えてやる義理などない。
 義理などないが、忠告だけはしておいてやろう。



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