祠堂卒業後(未来捏造)

□海の底、クジラの下、腕の中
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【9years old】


 ほんとうは一人でだってこれるんだ。
 セントラルパークをつっ切るだけなんだから。
 でも、一人で出歩くことは許されていないからしょうがない。
 島岡の休みの日までがまんして、ようやくつれてきてもらったナショナルヒストリー。
 海の底までもぐろうとしているのか、頭をぐんと下げたシロナガスクジラの横をとおって、かいだんをおりていく。
 こんなにでっかな生き物がゆうゆうと泳げる海の広さと、そこで生きるほかの生き物についてかんがえるのは楽しい。
 くらいフロアのなかで白くうかびあがるようなクジラを見あげたとき、ふいに音が聞こえた。
「ギイ?」
 キョロキョロとあたりを見まわすオレを島岡が呼ぶ。
「なんか聞こえた」
「なんか、ってなんです?」
 なんだろう。
 聞きなれた、とは言えない、けれどよく知っている音だ。
 ざわざわとした、人がたくさんいるときの、話し声とはいえない音がするのはいつものとおり。
 でも、ほら。
 また聞こえる。
 これは……
「バイオリンだ」
 オレと同じようにあたりを見まわした島岡はこまったようにオレを見た。
「バイオリン、ですか?」
 バイオリンをひいている人はもちろん、もっている人もいない。
 でも、聞こえる。
 知ってる、この曲。
 こないだも聞いたばかり。
 佐智が出るからって、つれて行かれたバイオリンの発表会で。
 あの子がひいてた曲。
「私には何も聞こえませんが」
 うん、たぶん、島岡には聞こえない。
 オレだけにしか聞こえない。
「うん、気のせいみたい」
 きっとクジラが届けてくれたんだ。
 どうしてか、ずっと忘れられないあの子の。
 たぶん、一方的にオレが知ってるだけの、オレのことなんか知らないあの子の。
 忘れないで、って言葉のかわりに。
 うん、忘れない。
 どうして、ずっと覚えてるんだろうって、ふしぎに思うくらいずっと忘れられないんだ。
 だから、大丈夫。
 ぜったい、ぜったい忘れないから。
 オレの言葉も届くかな。
 クジラが届けてくれるかな。
 あの子へ。
 



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